“モンスター”井上は辰吉を超えるのか?
ただ、ボクシングは油断が一番怖い。前回の試合のように途中で拳を痛めるアクシデントがないとは言えない。父であり専属トレーナーである真吾さんも、そこは十分承知で「気を抜かず。集中することが大事。パンチに関しても感情的に打つのでなく命中率を高めるためピンポイントを意識すること」と気を引き締めている。 加えて、井上には、強すぎてスパーリング相手がいないという悩みもある。階級が上の大学生にお願いして、3、4人交代で長いラウンドのスパーも行うが、途中で潰れて中断するケースも少なくない。全力でスパーができないのは死角と言えば死角だ。 実は、井上は、まだデビュー前に田口とスパーリングをしている。 この時も、4ラウンドの約束が3ラウンドに短縮された。もちろん、ヘッドギアを付けていたが、田口が2度、倒されて続行不能となったのだ。そのスパーの様子を録画した映像を見せてもらったことがあるが、左フックがスコンと当たり田口は腰から落ちていた。ボディもえぐいほど利かされていた。 その屈辱のスパーが田口にとってのモチベーションである。 「やられて落ち込みました。あのスパーのリベンジを果たしたいのが、今回の試合を受けた理由のひとつ。井上選手は、何でもできる万能型ですが勝てば僕の人生が変わるビッグチャンス。何が何でも勝ちにいく」 対して、井上陣営の真吾トレーナーは、こう言う。 「あの時のスパーから尚弥は、さらに2割はレベルアップしている。流れの中、4、5、6ラウンドでは終わらせたい。ステップワークと左から崩すのがテーマでしょう」 23年前、辰吉は日本バンタム級王者の岡部繁を4ラウンドに3度キャンバスに這わせた。 井上は、もちろん23年前の、その試合のことは知らない。 「YouTubeで、その辰吉さんの映像は見ました。インパクトのある試合でした。僕もあれ以上のインパクトのある試合でタイトルを取りたいと思っています」 長らく辰吉ウォッチャーを続けて来た筆者の目線から見ると同時期の辰吉と井上を比べると完成度は井上が遥かに上だ。だが、突き抜けるようなボクサー特有の個性(それは何も辰吉のような面白いコメントを言うようなキャラクターではない)は、現段階では井上は辰吉に及ばない。辰吉の場合は、獰猛な攻撃性に加え、弾けるようなスピードとパンチ力、観客席と共鳴するような必殺のフィニッシュブローがあった。おそらく井上も、それを自覚しているのだろう。 「勝敗はもちろんですが、内容で圧倒したいです」 勝敗よりも勝ち方を求められるのも、“モンスター”ゆえの宿命。8・25、座間決戦は、辰吉を超えていく伝説の始まりとなるのか。 (文責・本郷陽一/論スポ)