杜けあきインタビュー 幻の名作・宝塚版『忠臣蔵』が朗読劇となって32年ぶりの上演
1992~1993年に当時の雪組トップスター、杜けあきの退団公演として上演された『忠臣蔵~花に散り雪に散り~』。旧宝塚大劇場の最終公演ともなった同作は、「もはやこれで、思い残すことはござらん」という杜演じる大石内蔵助の名ゼリフもあいまって、現在も再演を希望する声が多い名作だ。 【全ての写真】杜けあきの撮り下ろしカット その“幻の名作”が、退団後女優として活躍する杜を同じ内蔵助に据え、朗読劇としてよみがえる。作・演出を務めた柴田侑宏は惜しくも2019年に他界したため、今回の上演台本と演出は荻田浩一が担当。荻田も宝塚歌劇団の元・座付き作家で、退団後も陰影豊かな名舞台を生み出しているだけに、本作への期待も高まる。 宝塚という女性だけの劇団にあって、骨太な人間ドラマを繊細な感情表現と共に描き、多数の名作を遺している柴田。再演作品も多いが、不思議なことに『忠臣蔵』はこれまで一度も再演されていない。 杜は「退団公演で旧大劇場の最終公演、さらに一緒にたくさんの舞台を作ってきた柴田先生が『忠臣蔵をやる、内蔵助はお前だ』とおっしゃるわけですから、私も集大成の公演になると思いましたし、組のボルテージは最高潮でした。当時の雪組は奇跡的に『忠臣蔵』の多彩な登場人物を演じられるメンバーが揃っていたこともあり、その後は再演のタイミングが難しいというのも分かる気がします」と振り返る。 初演は相手役の紫ともが浅野内匠頭の正室・阿久里と密偵お蘭(二役)、その後トップスターとなる一路真輝が浅野内匠頭と岡野金右衛門(二役)。高嶺ふぶきが礒貝十郎左衛門、轟悠が堀部安兵衛、香寿たつきが杉野十平次と、適材適所にして豪華な面々。その後娘役トップになる渚あきや純名里沙も脇を固めていたのだから、「まさか宝塚で忠臣蔵を?」と思われていた前評判を見事に覆した、そのエネルギッシュな舞台は想像がつくだろう。 それでも「再演が難しいとは思いつつ、『忠臣蔵』という作品が埋もれてしまうのは悲しいので」と、記念イベントなどで宝塚歌劇団のスタッフに会うたび「雑談のような形でですが、再演してほしいと伝えていた」という杜。退団後、杜がパーソナリティを務めていたラジオにゲストとして訪れた柴田が、「当時はこれ(忠臣蔵)が上演できたら(演出家としては)終わってもいいと思っていた」と漏らしたことが記憶に残っていたとも話す。 「初演時はもう60代で目も悪くされていた頃。そんな中で今までのキャリアをすべて注ぎ込んだ作品だったんだなと、当時退団公演だった私と同じ想いだったんだな、と改めて感慨深く思ったのを覚えています」と杜は語る。 一方で、内蔵助は妻も子どももいる40代の役。当時は『この恋は雲の涯まで』の源義経や『華麗なるギャツビー』のギャツビーを“男の懐の深さ”で見事に演じきった杜に、内蔵助役は相応しいという声の一方で、「やっぱり退団公演は宝塚らしい役で」という声もあり、賛否両論が沸き起こった。 「正直いうと、私自身も柴田先生の台本を読むまでは不安もありました。でも台本を見たら内蔵助だけでなく全ての人物が娘役に至るまで生き生きしていて、まさに宝塚らしい華やかなシーンもある。それでもう大丈夫だ、この内蔵助役で最後まで走ろう! と思えました」と杜は話す。 幕が開くと、宝塚版『忠臣蔵』は宝塚ファンだけでなく、老若男女問わず大きな話題を呼んだ。「初めて宝塚を観た」という年配の男性から感激の言葉に満ちた長い手紙をもらったことも、懐かしい思い出だという。 この取材時はまだ稽古前ということで、朗読劇はどんな演出になるか不明だが、台本と歌の主だったところは初演と変わらない予定だとか。初演のキャストからは紫、香寿、渚に加えて立ともみほか数名が参加。初演の香りを残しつつ、新たに成瀬こうきと彩吹真央という実力派も出演する。さらに、立って芝居するスタイルの朗読劇になるそうなので、また異なる魅力の宝塚版『忠臣蔵』を楽しめそうだ。 「内蔵助もそうですが、やっぱり演じた人物っていうのは自分の分身というか、細胞の一部になっているところがあるんですね。そういう意味でも素晴らしい作品に出合えたことを感謝していますし、32年経った今、再び“分身”に会ったらどうなるのか。共演の皆と共に、きっと面白い作品になるんじゃないかと自分でも楽しみにしているんですよ」と、杜は笑顔で締めくくってくれた。 取材・文:藤野さくら <東京公演> 朗読劇「忠臣蔵」 公演期間:2025年3月21日(金)~ 2025年3月23日(日) 会場:よみうり大手町ホール