翻訳出版業界の「慣習」がヤバすぎる…『スティーブ・ジョブズ』の一流翻訳家が語る、誰も知らない「壮絶な仕事内容」
翻訳者に選択権はない…
つまり、翻訳を担当してもらえませんかと打診を受けるか、日本語版の刊行が発表されるかまでわからないのです。つまり、「取りにいこう。全力で」などと意気込んでも、ふつうは口を開けて待つことしかできません。読んでもらえるかどうかもわからないブログ記事でアピールするくらいが関の山なのです。 とはいえ、書かなければなにも始まりません。読んでもらえる可能性にかけてアピールはするべきですし、ついでに言えば、できればふだんからブログなりSNSなりで発信し、読んでもらえる可能性を高めてもおくべきです。 どこが版権を獲得したのか、どうにかして知ることはできないだろうか。いろいろと考えた結果、情報通の編集さんにメールで尋ねることにしました。なんどか少人数で飲んだことのある方で、版権獲得などの業界情報をなぜかよく知っている人だなぁといつも思っていたからです。 すぐに返事をいただきました。「この件、うわさには聞いている。順当ならソフトバンクだろう。オークション自体がオープンではなかったくらいで難しいかもしれないが、情報を集めてみる」とのこと。やはり、なかなかに難しいようです。
「いつもの人」に打ち勝つため
2011年当時、iPhoneはソフトバンクのみが取り扱っていました。この編集さんは、そのつながりからソフトバンククリエイティブが順当と考えておられたようです。たしかに。その可能性に思いいたらないのはあほだったなと思いました。 1週間後の4月25日、この編集さんから、日本語版の版権を獲得したのは講談社だったと回答が返ってきました。講談社さんのノンフィクション部門とは仕事をしたことがありません。ということは、待っているだけで私のところに依頼が来る可能性は低いと思われます。出版社にとって初めての仕事相手はリスクがあるので、大事なプロジェクトであればあるほど「いつもの人」に頼むのがふつうですから。 幸い、講談社さんの関係では、この1年ほど前、翻訳者仲間の紹介でブルーバックスの仕事をしています(『マンガ統計学入門――学びたい人のための最短コース』講談社ブルーバックス)。このとき担当してくれた編集さんに、ノンフィクション部門の人にわたりをつけてくれとお願いしました。 その編集さんがすぐに動いてくれて、その日のうちに返事が来ました。「候補者にリストアップされていた。思い切り推薦しておいた」とのこと。ありがたい限りです。 『iSteve』を担当する編集さんからの連絡もすぐに来ました。ゴールデンウイークの直前、4月27日のことです。だれに頼むかまだ決めていないのだが、『iSteve』にかぎらず翻訳全般について話がしたいという内容でした。 「だれに頼むかまだ決めていない」というのは、「いつもの人」との天秤ということなのでしょう。それでも、候補者として考えてもらえているというのは心強いかぎりです。とにかく押しの一手です。 『短距離走のペースでマラソンを走らされるようなもの…「敏腕エージェント」の身勝手すぎる要求に振り回される「翻訳業界の闇」』へ続く
井口 耕二(翻訳者)