「まずこの作品を眺めてみてください」机の上の写真は何? 背景を知ってから見返すと浮かび上がってくる“違う意味”
この写真は、やや雑然と机の上に積まれた沢山の写真たちを写したもので、カラーで見ると光と緑あふれるリラックスした室内風景が印象的です。作者はアレック・ソスという、アメリカの現代写真界をリードする写真家の一人。彼は独自の切り口でノスタルジックな情趣を捉えることで知られます。また、親密な雰囲気が漂っているのも特徴。そんなソスの魅力を感じるには、まずフラットな状態でこの作品を眺めてみてください。その後で作品情報を知ると、様々な味わいが広がってくると思います。 最初に構図を分析してみましょう。ソスはシンプルな構図を好みますが、この作品の構成には重層的なところが見られ、いろんな読み取り方を誘っています。まず、机は画面の真ん中に斜めに配され、後景には一段低い空間が見え、さらに画面上部は梁か回廊のような部分が斜めに走り、全体に立体的でジグザグとした動きを示しています。この空間の重なり具合が、机上の重なり合う写真たちと呼応し、またテーブルクロスと絨毯の植物模様が植物たちと連動。これらが作品内に統一感とリズム感を生んでいます。 さて、重要そうに見える机の上の写真たちはいったい何なのでしょう。そのヒントは「A Pound of Pictures」という、本作が収録された写真集のタイトルにあります。一般の人が撮ったごく普通の写真は「ヴァナキュラー写真」と称され、1パウンドいくらで量り売りする業者もいて、それがネーミングの元になりました。作品名「ティムとヴァネッサの家」は、ペンシルヴァニアに住む写真の量り売り業者の一つで、ソスは彼らの自宅を訪問し、この写真を撮ったというわけなのです。 束で売られる写真たちは、芸術的な価値を認められたものではありませんが、撮った人にとっては特別な意味があったもの。ところが、持ち主に手放されると、もとの意味は失われた状態に陥ります。ソスは、ヴァナキュラー写真が物理的な重さで取引されていることから、写真の内容が持つ重み、時間や歴史の重みについて考えたといいます。ソスの写真に収まることで、これらの写真は新しい文脈を持ち始めたといえるでしょう。このように写真の中に写真を写す手法は、一般に「画中画」と呼ばれ、両者が合わせ鏡のように意味の化学反応を起こす効果を狙ったもので、ソスがよく使う表現方法です。 以上のことを知って見ると、画面に溢れる蔓を長く伸ばした植物たちは、写真たちが経てきた時の経過に、そして重層的な空間は歴史の層のように感じられてきます。さらに、画面右側に兵馬俑の兵士らしき立像があり、それは歴史を体現して写真たちを見守ってきた番人のようにも見えます。 ソスは量り売りの写真に強い関心を持ち、写真が見方次第で違った意味を持ちうると指摘しています。この一枚は、名もなき写真たちを発掘し、それらの意味を光で照らして見出そうとするソスの姿勢を、象徴的に表しているのではないでしょうか。 INFORMATIONアイコン「アレック・ソス 部屋についての部屋」 東京都写真美術館にて2025年1月19日まで https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4820.html
秋田 麻早子/週刊文春 2025年1月2日・9日号