「人生の最後まで建築をつくり続けたい」建築家・井上洋介さんが影響を受けた村野藤吾の本
建築や空間デザインを学びたい人、興味を持ち始めた人にぜひ読んでほしいのが、建築家本人がインスピレーションを受けた本。建築作品がどんな思考でつくり上げられたのか、その片鱗を見ることができます。今回は、住み手や地域に長く愛される住宅作品を数多く手掛ける建築家の井上洋介さんに、影響を受けた本について教えていただきました。 【Profile】 井上洋介/Yosuke Inoue 1966年東京都生まれ。 91年京都大学工学部建築学科卒業後、坂倉建築研究所入所。2000年井上洋介建築研究所設立。
「建築をつくり続けたい」祈りのような告白に感銘を受けた
――どんなところに影響を受けましたか? この本は10年近く前、私が40代のころ、たくさんの住宅の仕事に忙しく余裕のない日々を送っていたころに出合いました。84歳でのアメリカ旅行記から始まり、20年にわたる知人への手紙、最後は病床記で終わる、村野藤吾がその時々の心情を赤裸々に綴った本です。 既に日本を代表する建築家であった村野藤吾が、旅先で見た建築に対し時に喜びを、またある時には辛辣な意見を綴り、自分の体力についての弱音を吐露し、人生の最後の時間まで建築をつくり続けたいという祈りのような告白を目の当たりにして、強く胸を打たれました。辛いときに何度となく読み返して、 励まされた本です。
大小を問わず、一つひとつじっくり建築と向き合いたい
――影響を受けたことが実際の住宅作品にどう表現されていますか? この本を読んだことで、実際の仕事に対して何か具体的に影響があったわけではありません。むしろ影響があったとすれば、建築に向き合うときの心のもちようでしょうか。「私はこれからいくらも作品はできないだろうと思うと、一作大小を問わず大切だと思う。」たくさんつくらなくてもいいのかなと、思い始めたのはこの言葉がきっかけだったかもしれません。
50歳のとき、父の死を経験したこともあり、あとどれだけ仕事ができるだろうかと、人生の残りの時間を強く意識するようになりました。 仕事の規模や量を追わずに、 一つひとつの仕事を深く掘り下げ、じっくりと建築と向き合っていきたい。そう思うようになりました。