伍代夏子さん「自分の限界を自分で決めないで」 無理をすることの意味は 〈インタビュー後編〉 坂本真子の『音楽魂』
「千秋楽まで無理をすること」
伍代さんは現在62歳です。年齢を重ねて、毎日を前向きに過ごすために心がけていることはありますか、と尋ねると、少し意外な言葉が返ってきました。 「無理をすることですね」 無理をする、とは……? 「無理をして自分を奮い立たせる。無理をしてでも、と言う方がいいでしょうか。たとえば1カ月の劇場公演が始まる前、最初に台本をもらったときに、涙が止まらなくなるほど感動するシーンがあるとします。初日が明けて2週間ぐらいまではポロポロ泣けるんですけど、そのうち慣れてきて、涙が一滴も出なくなり、体も疲弊してきます。そのままでは全てがうまくいかなくなるので、気持ちを持ち上げないといけないんです」 「毎日やらなきゃいけない作業で、最初の感動を取り戻すことは難しいですけど、それでも私は、最初の頃のピュアな気持ちに無理やり戻します。劇場公演の場合は千秋楽が待っているので、あと少しで終わると思うと、不思議なぐらい最初の気持ちに戻るんですね。千秋楽と、その先の自分へのごほうびが待っているから」 「でも主婦は、家事が毎日続きます。私は25年続けていますが、あのとき自分の時間を持ちたかったとか、いろいろ思うことがあります。だけど、これもそのうち千秋楽が来るんですよね。子どもが巣立ったときか、自分が勤め上げてリタイアしたときか、夫婦水いらずの旅行に行くときか、夫を亡くしたときか、いつかはわからないけれど必ず来るので、無理をしてでも千秋楽まで自分を奮い立たせることが大切だと私は思っています」 また、いくつかのものに目を向けて、興味の幅を広げることも大切だと言います。 「『自分はもういっぱいいっぱいだ』と思っていても、たとえばフランス語を習うとか、全く別のものを入れると、不思議なことに、人間の脳は余力を作るんだそうです。気分も変わるし、新鮮な気持ちにもなりますよね」 伍代さん自身は当初、結婚したら歌手を引退するつもりでした。 「私は凝り性ですし、家事に文句を言われるのは嫌だったので。でも杉さんに『俺はなっちゃんのファンだから歌ってね。洗い物と揚げ物は俺がやるから、料理だけ作って』と言われて、続けることにしたんです。それでも、相手の生活に合わせてご飯を作って、食べてもらって送り出して、それから自分の支度をして新幹線に飛び乗って、やっと台本を覚える時間ができるわけで、最初は『もう無理』と思いました。それが、だんだん脳が進化して、その時間を使って集中するようになったんです」 「それまでの私は、仕事を引きずらないでスパッと帰ることができませんでした。うまくいったらうれしくてひとりで一杯やるし、失敗したら3日ぐらい気分が上がらないし。でも結婚後は、楽屋を出たら、新幹線に乗ったら、スパッと切り替わる。明日の献立を考えないといけないので。それでどちらかがおろそかになることはなく、どちらも新鮮に感じるようになりました。無理だからとやめてしまわないで本当に良かったと思います」 「人は自分の限界を自分で決めがちですよね。でも、新しい世界には挑戦した方がいいし、限界は決めない方がいい。自分で気分転換ができて、何かに必要とされている間は、『やってよかった』という達成感は自分の得になると思っています。がむしゃらにやる方がいいですね」