『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』『窓ぎわのトットちゃん』が“新しい戦前”のいま作られた意義
穏やかな日常の中に戦争を描いた『窓ぎわのトットちゃん』
タレント・黒柳徹子の幼少期を描く『トットちゃん』の物語は昭和15年から始まって昭和20年に終わる。昭和15年、日本はすでに日中戦争の泥沼に足を踏み込んでいた。昭和20年は第二次世界大戦が終わった年。本作は戦時中の話ということになる。 冒頭のナレーションの背景に提灯行列が描かれていたが、この頃は南京陥落(昭和12年)をはじめ、しきりに提灯行列が行われていた。トットちゃんが通っていた小学校では国語の時間に「ススメ、ススメ、ヘイタイ、ススメ」と教えているが、これは通称「サクラ読本」と呼ばれる小学国語読本。トットちゃんの夢は「スパイ」になることだった。平和な生活にも戦争の影がそこかしこに見える。 物語は穏やかなトットちゃんの日常を描き続ける。ユニークな教育を行うトモエ学園で過ごす日々。小児麻痺を患っている大切な友達・泰明ちゃんとの友情。大きな洋風の家には、ガス式のパン焼き器があり、パパとママ、愛犬のロッキーとともにトットちゃんは何不自由なく暮らしていた。ちなみにバイオリニストの父・守綱は戦後、伊福部昭に請われて『ゴジラ』第1作のテーマ音楽を演奏している。 物語はあくまでトットちゃんの目線で進んでいく。ラジオから太平洋戦争開戦を知らせるチャイムが鳴っても、トットちゃんは天気予報が流れないことを不思議がるだけだ(この日から軍の命令で天気予報が放送されなくなった)。やがてカラフルだった町並みはくすんでいき、日の丸や勇ましいスローガンが書かれた貼り紙が目立つようになっていく。銀座で憲兵にママの電髪(パーマ)を注意された直後、大日本婦人会の女性たちが「華美な服装は慎みましょう。指輪は全廃しましょう」と声をあげながら行進していく姿が映し出される。一部の人間だけでなく、国民全体が戦争に向かっていったのがよくわかる描写だ。 やがてトットちゃんの服は汚れ、食事も満足に採れなくなっていく。空腹を紛らわせるため、いつも学校で食事の前に歌っていた「Row, Row, Row Your Boat」の替え歌を歌えば、見知らぬ大人から「卑しい歌を歌ってはいけないよ」と叱られる。「君たちも銃後を守る立派な少国民(天皇に仕える小さな国民)だろ?」と言われるが、教育勅語を教えないトモエ学園の子どもたちは訳がわからないだろう。しかも、その直後、その大人は食堂に入っていった。矛盾だらけで異常な社会だ。子どもたちは何も変わっていないのに、社会がどんどん歪んでいく。 クライマックスは変わり果てた町並みをトットちゃんが全力で駆け抜ける。戦争が日常を覆い、国は貧しくなり、大切な人を亡くして涙している人がいるのに、大量の日の丸とともに万歳三唱して若者たちを戦地へ送り出し続ける。戦争は何もかも奪う。家も、ペットも、親も、大切な友達も。マイペースなトットちゃんはガスマスクを被って戦争ごっこに興じる子どもたちと比べると、奇跡のように変わらない子どもだ。だからこそ、周囲の歪みがよくわかるのだろう。