ウィーンでの世界初演、欧州ツアーを経て、ついに日本初演。岡田利規、『リビングルームのメタモルフォーシス』を語る
歌わない音楽劇
岡田が受けたウィーン側からの委嘱は、「音楽劇」。思い浮かぶのは、俳優たちの歌唱が散りばめられる舞台だが──。 「まず、作品を作るならば全幅の信頼をおける役者と一緒に作りたい、それはマスト、と思ったんです。そして、僕が念頭に置いていた役者は、歌えない。この時点で、作品で歌う、という選択肢はなくなりました。藤倉さんも『歌わないほうが面白い』と。登場人物の感情だとか情景描写を増幅させるために機能するというのではない仕方で音楽がある、というのがやってみたいな、と思ったんです。音楽と演劇が併置されているもの、拮抗したような状態にあるもの」 ウィーンでの舞台写真や記録映像におさめられているのは、6人の俳優たちと、ウィーンを拠点とする世界屈指の現代音楽アンサンブル、クラングフォルム・ウィーンの7人の演奏家たち。日本の公演では、藤倉がアーティスティック・ディレクターを務める東京芸術劇場「ボンクリ・フェス」の常連でもあり、日本を代表する現代音楽アンサンブルのアンサンブル・ノマドの奏者たちが演奏を担う。彼ら奏者が、リビングルームの装置が配された舞台奥で演じる俳優たちの前に出て演奏する光景は、独特だ。 「音楽と演劇が併置され、拮抗し、同列にあるようなものを作るためには、まずビジュアルとして、音楽のほうを前に持っていくことに」と岡田。劇場ではきっと、藤倉の音楽の力、その魅力を大いに実感させられることになる。
音楽がなくても、演劇は作ることができる
ロンドンに住む藤倉とのオンラインでのクリエーションには、2年の時を費やしたという。 「藤倉さんは、オンラインでのクリエーションはメリットしかない、と言ってましたね。藤倉さんにとってもじゅうぶんインスパイアリングなものだったみたいです。リハーサルを見て、音楽を試して、ここはうまくいっていなかったからもう1回試そう、ということを即座にするための設備が藤倉さんの自宅にはあったし、それを可能にする環境を稽古場でも整えてクリエーションしましたしね」 互いに心強いコラボレーターであったことは想像に難くない。が、岡田は藤倉に、「音楽がなくても演劇って作ることができる」と話したとも。 「ぼくにとって、照明も舞台美術も衣裳もなくても、演劇はできるんですよね。でも、だからこそ、美術家、音楽家、舞台衣裳家、照明家などと一緒に仕事をするのであれば、作品を、かれらの創意を発揮したくなるプラットフォームにしたいし、できる、とも思っているんです」 この作品を「音楽劇」と呼ぶことについて、「それはもう、渋々です」と言って皆を笑わせる岡田。彼のもとで、作品はさらなる深化へと踏み出した。 「上演の中で働く言葉の力を強くしていきたい。言葉は、それを受け取った人の中で、その言葉を聞かないと起こらない何か、聞いたからこそ起こる何かが起きた時に、働いた、と言える。東京公演のみならず、国内での上演がそのあとにも待っているので、そこに向けて、言葉の働きをできるだけ強くしていきたいです。そのとき、音楽との関係の質感も、新しいものになるでしょう」 取材・文:加藤智子 <公演情報> 東京芸術祭 2024 芸劇オータムセレクション チェルフィッチュ × 藤倉大 with アンサンブル・ノマド 『リビングルームのメタモルフォーシス』 作・演出:岡田利規 作曲:藤倉大 出演:青柳いづみ、朝倉千恵子、川﨑麻里子、椎橋綾那、矢澤誠、渡邊まな実 演奏:アンサンブル・ノマド 2024年9月20日(金)~9月29日(日) 会場:東京・東京芸術劇場 シアターイースト