宮沢りえの首を絞めすぎてりえママから怒られ、石原軍団から山盛りのフルーツとヘネシー…俳優復帰の高知東生が眺めた昭和と令和の役者魂
根性論よりも、健康と安全が大事
――豪快に生きた昭和の俳優と、現代の俳優と、その違いはどこにあると思いますか? あくまで俺自身の考えだけど、昔は監督をはじめ、裏方の人たちが、役者個人の力量を信じてやっていたところが強かったと思う。だから、演技力はもちろん必要なんだけど、それだけじゃなく、人間としての度量みたいなものが求められていた。それが今は、撮り方にしても編集にしても、映像制作の技術がものすごく発達したから、役者の比重が変わってきたよね。今はスタッフ総出で作り上げるような感覚なんじゃないかな。 ――どういったシーンで、それを感じますか? わかりやすいところで言えば、殴ったり蹴ったりするシーンがあるとして、昔は役者が体を張ってスタントしていたでしょう。ときには本気で殴り合って、体をぶつけることで迫力を出していた。でも今なら、撮り方や編集の工夫によって、体を張らなくても迫力あるシーンが作れるようになった。求められるものが違うんだよね。かつては迫力を出すために殴り合う必要があったから、精神論や根性論が求められていたところもあって、今はもうその必要がないんだから、精神論も根性論も必要ない。それよりも、健康で、安全であることのほうが大事な時代になったんだよ。
日本の芸能を発展させた昭和の興行師
――昨今は所属する芸能事務所の管理体制やコンプライアンスも注視されるようになりました。 それこそ歴史を遡れば、無茶苦茶なこともあったけれど、日本の芸能を支え、発展させたのは、間違いなく昭和を生き抜いた人たち。そういった歴史を否定するのではなく、その歴史の上にあることを知ったうえで、今の時代に合わせたやり方をしていくことが大事だと思うな。育った環境もあって、芸能人になってからも昔気質の考え方が抜けず、刺激こそが人生だという考えで苦労した俺が言うんだから、間違いないよ。 ――映画『アディクトを待ちながら』では、「どれだけ謝れば許してもらえるのか」というセリフが印象的でしたが、昭和の時代は芸能人が薬物で逮捕されても、今よりはスムーズに芸能界へ復帰していました。 それも時代が違うから、仕方がないよね。そのことに抗うつもりはない。今の時代、たしかに復帰はとんでもなく難しいし、過去は消せない。でも俺は、逮捕されたからこそ、今があると心から思ってるんだよ。だって、漢字も読めないし書けなかった俺が、小説を書くようになったんだよ。あの頃のまま役者だけをやっていたら、こんなことには絶対ならなかった。どう生き直すか、今はそのことだけを考えてるよ。 ――高知さんの書いた小説『土竜』(光文社)は、素晴らしい文芸作品でした。 ありがとうね。そんな言葉をかけてもらえるのも、俺が“生き直し”をしているから。Xの投稿もそうだし、この取材だって、自分をさらけ出して、今は素直になんでも応えられる。まだまだ回復の途中だけど、虚勢を張らずに生きるって気持ちいいよ。 ――「回復の途中」という意識を持つことも大事ですね。 今の状態は、旧型の自分と、新型の自分が混ざり合っているような感じかな。ふとしたときに旧型の自分が出てくると、「やっべ、また昔の自分で考えてるよ」って気づけるようになった。この「気づけるようになった」というのが、俺にとってはあまりに大きな進歩なの。自分で自分に「待て待て、また同じ過ちを繰り返すのか?」って問いかける。頭で思うだけじゃなく、体もそういう考えで動くようになった。 それは依存症の自助グループの仲間たちのおかげであり、支えてくれる人たちのおかげ。今回、映画に出演させてもらったのも、自分なりの恩返しだと思ってる。捕まってしばらくの間、自分を否定して否定してどうにもならなかった俺が、また映画に出演できるなんて、こんなありがたいことはないんだから。 後編へつづく 取材・文/おぐらりゅうじ 撮影/高木陽春