オダギリジョーが語る、中国の名匠ロウ・イエとの仕事──映画『サタデー・フィクション』
オダギリジョーが中国の大スターであるコン・リーと共演した映画『サタデー・フィクション』が、11月3日(金・祝)より公開中だ。俳優としても作り手としても刺激を受けたという、ロウ・イエ監督との撮影の日々を振り返る。(本誌12月号掲載) 【写真つきの記事を読む】オダギリジョーの美しい写真と映画の見どころをチェック!
11月公開の中国映画『サタデー・フィクション』は、1941年12月、太平洋戦争開戦前夜の上海が舞台だ。南京政府、重慶国民党政府、および日欧のスパイが水面下で情報戦を繰り広げるこの物語のなかで、オダギリジョーは、海軍少佐・古谷三郎を演じる。監督は『ふたりの人魚』(2001)で世界的存在となった奇才、ロウ・イエ。彼についてオダギリはこう語る。 「強いテーマを持った作品が多いし、そのなかで大きく踏みこんだ表現もしていたので、我の強い人なのかなと思っていたのですが、会ってみると正反対でした。いつもニコニコしていて、映画を作るのが楽しくてしょうがないんだろうなという印象を与える、少年のような人です。キャストやスタッフのアイデアもどんどん拾い上げます。人とのコラボレーションを楽しむことのできる、柔軟な監督だと感じました」 撮影に入る前に、監督との間で脚本についての話し合いが入念になされたという。 「映画作りにおいて、地図になるのは台本です。その台本に対してひとつでも疑問があると、現場 でトラブルを生むことになりかねない。だから、できるかぎり疑問を残さないようにしたいんです。 作品全体についても役についても、監督と細かく話し合いました。例えば、中島歩さんが演じた梶原の役の要素は、最初、古谷のなかに入っていたものでした。これでは古谷の人物像が分散され、むしろ弱まってしまうのではないかと話し合った結果、梶原の役が新しく生まれたのです。 台詞に関しても、この文脈でこのような言葉選びは日本人らしくないのではと言うと、じゃあ書き直してもらえないかって言われて(笑)。それで書き直したシーンもありました。そのあたりの細かいことは、お話しするときりがないですね」 新作舞台『サタデー・フィクション』に主演するため上海にやって来た人気女優、ユー・ジンが古谷に接近する。彼女の裏の顔は腕利きのスパイだ。連合軍諜報部の命を受け、古谷から情報を引き出そうとするユー・ジンを演じるのは、『 紅いコーリャン』(1987)、『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993)など、中国映画史を代表する作品に数多く出演してきたレジェンド、コン・リー。 「学生の頃から作品を観ていましたし、会うことも想像していなかった人ですが、共演するとなれば仕事仲間ですからね。萎縮したり、浮かれていたりする場合ではない。お会いしてみると、とても優しい人でした。スタッフにもキャストにも分け隔てなく、フランクに、でも敬意を持って接していらっしゃいました」 モノクロ画面で語られるこの映画は、カメラワークも強い印象を残す。場面を外側から撮影しているというよりは、場面のなかへと入りこみ、登場人物のひとりであるかのように動き回るのだ。それだけでも驚異的なのだが、じつは毎回、複数のカメラが同時に回っていたのだという。 「5、6台が即興的に動いていたんです。キャスト側も、テイクごとに芝居を変えてほしい、同じ芝居をしないでほしい、という言われ方をしていたので、毎テイク何が起こるかわからない状況でした。きめ細かに何かを決め打ちしていくというよりは、現場で起こるハプニングも含めて映画にしようと、監督は考えていたように思います。こんな撮り方は日本ではなかなかやらせてもらえないでしょうけれど、場のエネ ルギーを焼きつけていく方法論みたいなものは勉強になりましたね」 映画ファンにはよく知られていることだが、オダギリは日本を代表する俳優であるだけでなく、気鋭の映画監督でもある。『サタデー・フィクション』のプレミアは2019年9月のヴェネツィア国際映画祭、コンペティション部門での上映だった。この時、オダギリの監督作品である『ある船頭の話』も、ヴェニス・デイズ部門に出品されていた。 「完成した『サタデー・フィクション』はヴェネツィアで初めて観たのですが、潔さに脱帽しました。モノクロで勝負するのも、いわゆる劇伴音楽を使わないのも、普通は怖くてできません。ここまでいろいろなものをそぎ落として勝負できる監督はそうそういないと思います。僕も自分の作品を出品していたから、どこかで自分の未熟さのようなものを感じざるをえなかったですね。そぎ落とす美学で勝負できる作り手に、いつか自分もなれたらとは思います。このくらい潔い作品は、いまの日本映画にはなかなか見当たらないのではないでしょうか。劇場で、大きなスクリーンで、ぜひ経験していただきたいです」 『サタデー・フィクション』 中国の名匠ロウ・イエが、太平洋戦争直前の上海で繰り広げられる愛と謀略の行方を美しいモノクロ映像で描いたスパイ映画。主人公ユー・ジンをコン・リー、日本海軍少佐・古谷をオダギリジョーが演じる。11月3日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開。 配給:アップリンク ©YINGFILMS 公式ホームページ:https://www.uplink.co.jp/saturdayfiction/ オダギリジョー 1976年生まれ、岡山県出身。俳優、映画監督。『アカルイミライ』で映画初主演。2019年、自身のオリジナル脚本による初の長編映画監督作品『ある船頭の話』が第76回ヴェネツィア国際映画祭のヴェニス・デイズ部門に選出され、第56回アンタルヤ国際映画祭(トルコ)、第24回ケララ国際映画祭(インド)での国際コンペティション部門で最優秀作品賞を受賞。10月27日より『僕の手を売ります』(全10話)がFOD/Amazon Prime Videoにて配信中。映画『月』が全国公開中。 文・篠儀直子、写真・三部正博 スタイリング・西村哲也、ヘアメイク・砂原由弥 編集・横山芙美(GQ)