5年連続ミシュラン三つ星。予約の取れない「祇園さゝ木」主人が、愛してやまない秋冬の根菜
淀大根と篠大根、大根の声を聴く
京都の冬は、雪は降らないのに底冷えします。日が暮れて、行燈を灯すころになったら、どこからともなく 〈寒おすなぁ〉 〈冷えてきましたな〉 と、声が聞こえてきます。 水仕事をしたら、手がじんじんとするころ、そろそろ丸大根を炊こうと思います。 うちの店では淀の丸大根と、亀岡の篠大根を使っています。同じ冬大根でも、十二月にとれるものと、年が明けて二月にとれる大根では、ものが違うのです。 大根をだしで煮ると、なんともいえない甘い香りが立ち上ってきます。ことこと煮るうちにうまみもにじみ出てきます。どのぐらい甘みを足したらいいか、どれだけ醤油と塩を加えたらいいのか、ぼくは大根に聴きます。 大根だけだしで炊いていると大根の持ち味をだしてくれます。その大根の持ち味を確かめて、大根がなにを欲しがっているのかを見極めて大根の欲しい調味料を入れてあげる。会話するわけですよ。 聖護院(しょうごいん)大根の原種で、幻の大根と言われる「篠大根」は、二月に旬のピークを迎えます。 「大根の炊いたん」や「ふろふき大根」は、京のおばんざいの代表的なものです。 大根の煮物の理想は、二日目のおでん。なべ底に残っている飴色の大根は、形はしっかりと残っているのに、口に放りこむと、とろけます。それはなぜか。炊きたてよりも、ゆっくりと冷めるうちに、煮汁に沁み出たうまみがもう一度、野菜に戻るのです。それが「味が沁みる」ということ。 ひと晩冷まして、十分に煮汁を含ませてから、温めて食べるのは、家庭でも、お試しください。びっくりするほど、沁みしみの煮物ができますよ。 何を炊いても大根が京料理の主役。ブリ大根ですら、じつはブリのだしが沁みた大根を食べる料理なのです。
牛蒡の土の香りを嗅ぐ
京野菜で牛蒡(ごぼう)といえば、お正月前ごろに出回る堀川牛蒡を思い浮かべるでしょうか。ぼくは堀川牛蒡はあまり好きではないのです。詰めものをしたり、細工をするには見映えしますが、料理してほんまにうまいかと問われたら、ぼくはそうは思いません。 そもそも牛蒡の魅力は、あのなんともいえない土の香りがするところです。 春から初夏の新牛蒡はしゃきしゃきとした歯ごたえが軽妙ですし、秋冬のどっしりとした牛蒡は、フルボディのワインのように芳醇です。 牛蒡もでんぷん質が含まれる根菜なので、掘りたてよりも一週間ぐらいして、落ちつかせた方がいいのです。 霜がおりて、でんぷんを蓄えた牛蒡は、天ぷらにしても甘くてほっくりするし、ささがきにしてすき焼きに入れたり、すりおろして味噌汁に入れても、どんなにおいしいか。 土の香りがする牛蒡は、アクセントに使うとニュアンスや面白さが生まれます。 おばんざいの牛蒡のきんぴらにするときも、牛蒡の香りを逃がさないように、調味料を加減すると、大地の凄みを感じさせてくれます。
佐々木 浩(「祇園 さゝ木」主人)