衝撃的だった中村紘子さんの言葉「牛肉は腐りかけがおいしい。ピアニストの腕の筋肉も同じ」【武内陶子「今があるのは…」】
【武内陶子「今があるのは…」】#9 「おはよう日本」「スタジオパークからこんにちは」でお会いしたピアニストの中村紘子さん(故人)とは自宅で話を聞く機会もあったという。 【写真】語り草になった「武内のトランプ中継」 同期の有働由美子らとは交換日記で励まし合う 初めてお会いしたのは番組ではなかったんです。私は当時、商社勤めの方などいろいろおられる異業種交流会みたいな十数人の集まりに参加していて、ある日、どなたかの紹介で中村紘子さんにお話をお聞きできることになりました。それも、お宅にお邪魔して。 「そんなことが実現できるのか」と驚きましたが、大勢で訪ねると、中村さんが素晴らしい手料理でもてなしてくださって!美しいばかりでなく、料理もとてもおいしくて、まさに「一芸に秀でる方は多芸に通ず、だなあ」と感動しました。 立ち居振る舞いがエレガント。しかも、優しい方で、幼少からピアノを始められたお話をしてくださった。小学生から大きな大会で優勝なさり、16歳ではN響と世界一周のコンサートをソリストとして回られたと。天才ですよね。 その後、ご縁あってデビュー50周年の時には担当していたトーク番組でお話をさせていただきました。「人間は牛肉と一緒なの!」と突然おっしゃられて。 牛肉は腐りかけが一番おいしい、ピアニストの腕の筋肉も同じだと。 「練習で痛めつけて痛めつけて、壊れるギリギリの時が一番いいのよ」 中村さんはパワフルな演奏でしたけど、毎日7時間も8時間も弾くと筋肉がおかしくなってくるそうです。それでもコンサート前は自分を追い込んで筋肉疲労を極限ギリギリまで持っていくと。 そうやってコンサートにのぞむと、終わった途端に腱鞘炎になるそうです。 当時30代だった私には衝撃的で。「50年のキャリアがある天才ピアニストもここまで自分を攻めるのか」と。 もうひとつ、年をとるとミスタッチをして「あの人は下手になった」などと言われそうですが、中村さんいわく、「毎日、刃の上を歩いているようなもの」と。こちらに転べば失敗だけど、反対に転べば素晴らしい演奏になる。「失敗」と「素晴らしい演奏」、その分かれ目に、ピアニスト人生を懸けてチャレンジするせめぎ合いがあるとおっしゃられて。 そのお話を聞き、聴衆もミスタッチを「下手だなあ」と思うのではなく、その背後にあるピアニストの人生を聴くくらいの気持ちがないと損しちゃうかも、と思いました。中村さんは私の音楽の捉え方を変えてくださった方でした。 アナウンサーとしては著名なゲストの方が普段は語らないことを話してくださるととてもうれしいものです。お宅にお邪魔してお会いできたことで、番組でちょっと心を許してそんなお話をしてくれたのかもしれません。当時の中村さんの年齢に近くなった今、時折、この時のことを思い返します。 (武内陶子/フリーアナウンサー 構成=松野大介)