両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.34
アメイジング・グレイス
夕刻、寄宿舎ホールの接客スペースで、山本は本間館長とお茶を飲みながら談笑していた。すると、どこからか素敵な歌声が聞こえてきた。 「夕食前に、ビレイ牧師が食事当番でない子供達に英語の歌を教えているんですよ」 館長がそう教えてくれた。その歌はとても素敵な曲だった。どこで歌っているのか、と思いながら歌声のする方に行ってみた。そこは前庭に面する広い回廊(テラス)で、十人程の子供達が車座になって、ビレイ牧師が奏でるギターに合わせて歌っていた。「アメイジング・グレイス」という曲だった。優しく疲れを癒すかのような歌声だ。子供達の妖精のような澄んだ歌声が、暮れなずむタコランの森に響き渡って行く。 「ここは南国の楽園か……」 思わず、山本は呟いていた。やがて、キッチンの方から美味しそうな料理の匂いが漂ってきた。当番の12、13歳前後の女生徒達が作った夕食の準備が出来たようだ。 「ホンマセンセイ、夕食の用意ができました。どうぞこちらに」と、ビレイ牧師が案内してくれた。テラスに置かれた長いテーブルには、カレン族の伝統的な家庭料理と思われる野菜料理が大皿にいくつも盛られて置かれていた。ビレイ牧師のお祈りが済むと、14人の子供たちとの楽しい夕食会が始まった。 この子供たちは、親のない孤児たちなのだ。このビレイハウスがなければ、難民キャンプで希望の無い悲惨な生活をしていたことだろう。ここにいれば安心して学校に通える。本間館長は高校卒業まで彼らの面倒を見ると言っていた。やはりここは彼らにとって天国なのだ。 夕食後、本間館長から生徒たちに、ひとりずつプレゼントが渡された。それは大きなバスタオルだった。 バンコクで一泊した夕方、我々はバンコク郊外にある賑やかな屋台市場に行った。そこの屋台で夕食を摂ったのだが、その市場の中の衣料品屋で本間館長はきれいなバスタオルをたくさん買っていた。 「ビレイハウスは、まだ物が不足していてね。こんなものでも子供達は大喜びしてくれるんだ」 そう言いながら、本間館長はあれこれと品定めしていた。その横顔は慈父のようであった。
Project Logic+山本春樹