アニメーター・中村豊の真髄が詰まった『ヒロアカ』 “最強で最高”だったアクション表現
2時間で『ヒロアカ』を語ることの難しさも感じた『ユアネクスト』
次に物語面に着目したい。『僕のヒーローアカデミア』は、単に敵を倒すだけのヒーローを描くのではない。原作第22巻の「ヒーローが辛い時誰がヒーローを守ってあげられるのだろう」という言葉が象徴するように、ただ力が強く、悪を挫くことだけがヒーローではなく、それを支えるサポート科であったり仲間がいてこそ、ヒーローたりうることを描いてきた。そして単に敵をヴィランだからと心底悪として描くだけではなく、社会に受け入れられなかった個性が元で起こってしまった悲劇として、悪を悪として挫きながらも、その根本原因と向き合ってきた。まさに多様化する正義と個性をどのように捉えるかという、現代社会を投影している。 その視点で観れば今回の映画は少し疑問が残ってしまう。「次は君だ」というオールマイトの言葉を曲解して、力があるからオールマイトは最高のヒーローであり、力があるものが正義という思想にダークマイトは辿り着く。それは最高ではなく、最強を目指すという思考だ。しかし劇中で出久たちが力を持って倒すことでハッピーエンドとしてしまうのは、まさにダークマイトの思想をそのまま肯定しているように感じられ、打倒することはできていないのではないか。登場人物の多さも相まって映画の2時間で『僕のヒーローアカデミア』を語ることの難しさも感じた。 過去の映画シリーズも傑作が続いていただけに、今作は少し厳しい評価のようになってしまうが、先に挙げた作画とテーマの一致などの志を感じることができる作品だ。作品に沿っていえば明確に“プルスウルトラ”(ラテン語で『もっと先へ』という意味)を目指しており、その結果として一定の成果を示している。 サブキャラクターも含めて魅力が多く、テーマも複雑でさまざまな社会の描き方もできる上に、個性の特殊能力も次第ではいくらでも映像的な魅力が生み出せる題材でもある。まずはTVアニメを最終回まで描き切ることが優先されるが、今後、映画が続くかは発表されておらず、原作が終了した後でもスピンオフなども含めて話を膨らませられる作品だけに、“プルスウルトラ”を期待したい。
井中カエル