名作ラブコメ漫画、生成AIでリメイク中の作業現場に初潜入 原作者・ 松山せいじに制作経緯を聞く
■あの『エイケン』を生成AIでリメイク XなどSNS上では、連日のように生成AIについて活発な議論が展開されている。そんななか、4月25日、「まんが王国」でリリースされた一本の漫画が大きな反響を呼んだ。松山せいじ氏の名作ラブコメ漫画『エイケン』のリメイク版(正式名称は『エイケン リメイク版』)、しかもただのリメイクではなく、生成AIを使い、絵柄を含めて全面的にリメイクされた作品である。 【漫画】松山せいじ、ラブコメ漫画の名作『エイケン』を生成AIで制作中の画像とリメイク版を試し読み 『エイケン』は2000年前後に少年漫画誌で流行が始まったラブコメ・ハーレム漫画の代表格であり、アニメ化もされた。松山せいじ氏の個性的な絵柄が、生成AIによる“現代的”な絵柄によって表現されたこともあって、ネット上では様々な議論が巻き起こった。 今回、原作者の松山せいじ氏をはじめ、ビーグリーの広報の三吉達治氏と、実際に漫画の制作を担った大森勇作氏にインタビュー。なぜ生成AIで過去の名作のリメイクを試みたのか。そして、リリース後の賛否両論など様々な反響はいかほどのものだったのか。独占インタビューで明らかにした。 ■名作漫画を読んでもらいたい ――『エイケン』を生成AIの力を借りてリメイクするアイディアは、どなたが考えたのでしょうか。 松山:ビーグリーさんの発案ですね。 大森:プロジェクトが立ちあがったのは2023年の夏ごろですから、まだ1年経っていませんね。話題性のある、面白くて、新しいことをやりたいと話していたところ、生成AIを使って過去の名作をリメイクできないかという上司の提案に、私が手を挙げたのがきっかけです。 三吉:当社はクリエイターとファンを繋ぐことをミッションにしておりまして、松山先生の『エイケン』をはじめ、新旧の漫画を電子書籍化して「まんが王国」で販売しております。近年、電子書籍の普及によって、より手軽に多くの作品に触れることができるようになり、WEBTOONの登場でフルカラー作品も増えてきています。様々なジャンルの作品が増えた一方で、過去の作品が読まれにくくなってきた面もあります。また、読者からは、名作をWEBTOONのようにフルカラーで読みたいというニーズが寄せられていました。 ――漫画のみならず、小説や映画も過去の名作を読んでもらうことは難しいですし、作品を知る機会も少なかったりしますよね。 三吉:そうですね。そこで、当社で何かできることはないかと考えたところ、著作権者の先生の許諾をいただき、現代に合ったリメイク版を制作して、過去の名作を掘り起こすアイディアが出ました。漫画家さんに丁寧に理念や取り組みの意図を説明し、場合によっては事前にサンプルとして制作した原稿を見ていただき、了承いただいたうえで「名作リメイクプロジェクト」を始めました。長く愛されている名作をカラー化し、さらに現代風に再構築することを目指しています。 ――その一環として、生成AIを使ってリメイクされたのが『エイケン リメイク版』というわけですね。『エイケン』のほかにも、同様の作品は制作されているのでしょうか。 三吉:現在は『オレの子ですか? リメイク版』や『児童福祉司 一貫田逸子 リメイク版』など、4作品を並行して制作しています。いずれも生成AIを使用し、リメイクしています。『エイケン リメイク版』は名作リメイクプロジェクトの3作目に当たり、松山先生とは長い付き合いということもあって、相談させていただきました。 ■声をかけてもらい嬉しかった ――先ほど、生成AIを使って漫画を制作している現場を見せていただきました。おそらく、多くの読者は生成AIで出力した絵を、そのままコマに当てはめていると考えているはずです。実際は相当な手直しをされていますね。しかし、これならゼロから人が描いたほうが早いのではないか、と思ってしまったのですが。 松山:僕も今日、初めて現場を見たのですが、率直に手間がかかっていると感じました。僕が週刊連載をやっていた頃と、あまり変わらない体制で作業していますね。 三吉:描いた方が早いというのはおっしゃる通りかもしれませんが、AIのメリットとして、誰が担当しても絵の水準が一定になり、統一感を出せる点が挙げられます。ただし、全体をディレクションする人は必要ですので、大森がその役割を担っています。 ――大森さんは漫画の編集経験などはお持ちだったのでしょうか。 大森:電子コミックの編集には10年以上携わってきましたが、生成AIを活用した漫画の制作は初めての経験だったので、手探りで始めました。他社でも同様のリメイクをしている例はほとんどないので、ノウハウは実際に作業を進めながら構築していきました。 ――生成AIを活用した漫画制作を行っているのは、ビーグリーさんだけでしょうか。 三吉:生成AIで漫画を作る取り組みは、WEBTOONなどの一部で始まっています。ただ、リメイクという立ち位置で取り組んだ例は少ないと思います。 ――実際に完成した漫画を見て、どんな感想を抱きましたか。 松山:素直に嬉しかったですね。実は、生成AIで出力された自分のキャラを見てみたくて、Xでも、誰か出してくれないかなとずっと言っていたんですよ。だから、お話をいただいたときは、契約書を見てすぐにOKを出しました。オフィシャルでやってくれたビーグリーさんには感謝ですね。 大森:1キャラずつ生成していくため、『エイケン』は登場人物が多くて大変な面もありました。アクセサリーなどを身に着けたキャラの生成も難しかったです。なかなかアクセサリーとキャラは同時に出ないので、別々に生成し、合成する必要があったりと、試行錯誤を重ねました。生成AIは特定の構図を狙って出したり、キャラクターデザインに一貫性を持たせることが難しいので、かなり挑戦的な作業といえます。 ――制作にあたって、松山先生から具体的な要望は出されたのでしょうか。 松山:敢えて口を出さずにいこうと思いました。というのも、『エイケン』がOVAでアニメ化されたときに口出ししたことがあったのですが、かえって現場をかき乱してしまったんですよ。今回はビーグリーさんを信頼して、お任せしたんです。リメイク版は原作者にとってのアニメのようなもので、あくまでも原作とは別物と捉えています。そのかわり、自分がペンを入れて描く漫画は、とことんこだわろうと思いました。 ■炎上の不安は? ――松山先生のなかではしっかりと棲み分けがなされているわけですね。しかしながら、生成AIに対する批判は多方面からあり、漫画家の間でも賛否両論あります。このタイミングで出したら炎上するのではないかという不安もあったのでは、と思うのですが。 松山:もちろん、炎上の怖さはありました。でも、僕は皆さんがいろいろな意見を述べていて、面白いなと思いましたね。何より、漫画の出来が思った以上のものだったのが嬉しかった。原作は古い漫画なので、コマが小さすぎて、電子化した時に読みづらかったんですよ。リメイク版はカラーになったし、スマホで読みやすく作られていたので、びっくりしました。 大森:コマ割りは基本的に原作を踏襲していますが、描き文字や吹き出しのサイズは、スマホで見やすいように調整しています。松山先生がおっしゃる通り、紙で読まれることを前提とした従来の漫画は、スマホ上では画面を拡大しないと読みにくい箇所が多いので、そういった細かな点は改良しました。 三吉:我々としても、いろいろな意見が出ることは想定していました。実際、1作目の『オレの子ですか? リメイク版』については、ネガティブな意見が少なくなかったですね。「こんなものを読むんだったら、オリジナルを読んだ方がいい」という原作ファンからの意見がありましたが、私はこれを熱い思いと捉えました。そして、そういった声はむしろウェルカムだなと。 ――原作が好きだからこそ、批判的になるわけですからね。 三吉:はい。往年のファンの方は当然、原作の方が好きだと思います。ただ、実際に買っていただく方の傾向を見ると、リメイク版の新作を出すと原作の売上にもプラスの動きがありますので、過去作品の掘り起こし、新しいファンの獲得という意味では成功しつつあると思います。 ■様々な意見が出ることは歓迎 ――『エイケン リメイク版』にはどんな意見が寄せられましたか。 大森:『エイケン』は登場人物の多さやキャラクターデザインの複雑さが特徴なので、生成AI技術に興味を持たれている方からの反響も大きかったですね。再現度の高さや制作面での苦労を汲み取って、ねぎらうような声もありました。女性の大きな胸は生成AIで出力が難しいから、手で修正しているのではないか……といった、技術面での反応が他の作品に比べて多かったですね。 松山:むしろ、原作者としてはどんどん盛り上がってくれという感じです。今、ちょうど僕のXが凍結されているんですよ(笑)。僕は何度もアカウントが凍結されていますが、今回はなぜか、第1話の配信の前日に凍結されてしまった。作者がここでしゃしゃり出ても仕方ないので、自由な議論を行う意味で、都合が良かったかもしれませんね。 ――生成AIが進化すれば、アシスタント代わりに使うことができ、漫画家にとって大きな強みになるのではないかという意見もあります。松山先生は、実際にご自身の漫画で使ってみたいと考えていますか。 松山:もちろん、使えたら使ってみたいですね。写真を背景に落とし込んだりできるならいいのですが、現状では、使うとしてもキャラクターのポーズのラフぐらいかな。僕はもう50歳近いので、新しいことを覚えきれなくなってしまい、漫画制作は現状維持で取り組んでいきたいと思っています(笑)。基本は老眼鏡をかけて、ペン入れまではアナログ、トーンやベタはデジタルというハイブリットでやっていきますよ。 ――松山先生は、新しいデバイスを取り入れることについて前向きですよね。生成AIについて、もともとはどんな感情を抱いていましたか。 松山:以前は好きと嫌いが半々だったのですが、今は好意的なほうに寄っていますね。何しろ、自分の作品をこういった形で出してもらったわけですから。生成AIについて、漫画家が疑心暗鬼になる気持ちは理解できるのですが、極端に否定するのはどうかと思うんですよ。仕事を奪われるという意見があるけれど、僕はそんなわけないと思うんです。人が創り出したものも面白いということで、生成AIと棲み分けが進んでいくと考えています。 ■個性的な絵柄の漫画家は生き残る ――私は『エイケン』を高校時代にリアルタイムで読んでいたのですが、リメイク版は新鮮な気持ちで読めました。 松山:『エイケン』はなにしろ20年以上前の漫画ですから、僕も描いた当時のことを忘れてしまっているので、リメイク版は読者の目線で読めています。友達キャラの男子2人がイケメンの顔になっていて(笑)、ああ、これは生成AIっぽくて面白いなあと思いました。 大森:生成AIは、イケメンや美少女の生成は得意ですが、おじいさんや、おばあさんなどの絵は苦手な傾向にあります。個性的な顔のキャラやギャグ漫画の絵柄も苦手ですね。 ――それは興味深い指摘だと思います。生成AIで世界中の人たちが出そうとしているのは、イケメンや美少女であると。そういった絵柄は学習と出力を繰り返しているので得意ですが、その真逆の絵柄は苦手なのですね。 松山:逆に、個性的な絵柄の漫画家は強くなっていくと思います。もともと「ジャンプ」などの少年誌は、個性的でヘタウマな絵の方が採用されやすかったじゃないですか。最近は「ジャンプ+」が個性的な漫画を載せていますが、個性的な絵柄ほど残っていくんじゃないかな。 ――松山先生らしい見解ですね。そして、松山先生のオリジナルの漫画も気になるのですが、現在、アイディアを練っている作品はありますか。 松山:『エイケン』の続編、過去に描き切れなかった部分は描き切りたいと思っています。どうやってエイケン部ができたのかまで、頭の中にあるので。『エイケン』を描いていた頃は20代でパワーがあったのですが、今は月20ページが精いっぱい。白内障の手術も決まっているので、体力が続き、描けるうちに描いておきたいですね。今回のリメイクを機に、『エイケン』が再注目されるといいなと思っています。あと、生成AIを使ってオリジナルの漫画を描き、ヒットを出す漫画家が出てきてほしい。生成AIで描かれた漫画は、純粋に好奇心として読んでみたいですね。 ――ビーグリーさんはどうですか。 大森:リメイク版が話題になれば、原作が再び読まれるきっかけにもなるので、漫画家さん的にも、当社的にも必ずしもマイナスではないと思っていますし、今後も作品は増やしていきたいと考えています。漫画業界も紙媒体から電子媒体に移行しつつありますし、娯楽コンテンツも多様化が進み、かつライトなものが好まれる傾向があります。そんななかで、漫画の良さを改めて感じてもらい、これまで出合えなかったコンテンツと出合うきっかけを提供する手段として、生成AI活用の余地は模索したいと考えています。 松山:興味を持った方は、リメイク版も原作も買ってほしいですね(笑)。両者を比較して読んでみても面白いと思いますから。 (文=山内貴範)
文=山内貴範