日本の6人に1人が貧困状態…厚生労働省が定める「相対的貧困」の基準とは
加速する「貯蓄から投資」、迎えた「金融政策転換」、景気回復の実態を伴わない「冷たいバブル」……。ここ最近、経済に関するニュースが大きな話題を呼んでいます。この身近でありながらも複雑な経済問題について、私たちはどのように向き合えば良いのでしょうか。 今回の記事では、「絶対的貧困」と「相対的貧困」について解説しています。円安、賃金の停滞、国際競争力の低下など、多くの人が日本経済の低迷を実感していますが、具体的に「貧困」とはどのような状態を指すのでしょうか。 *本記事は帝京大学経済学部教授の宿輪純一氏の著書『はじめまして、経済学 おカネの物差しを持った哲学』(ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
貧困の定義
「貧困」(poverty)とは、具体的にどのような状態を指すのでしょうか? 貧困の定義はさまざまですが、大きく2つに分けて考えることができます。衣食住など必要最低限の生活水準が維持できない「絶対的貧困」(absolute poverty)と、その国(地域)の基準と比較してまともな生活水準に満たない「相対的貧困」(relative poverty)です。 国際社会には、「貧困の削減」と「持続的成長の実現」をその目的としている国際開発金融機関(MDBs:Multilateral Development Banks)が設けられています。一般的にMDBsと言えば、各所轄地域(アフリカ・アジア・欧州・米州)を支援する4つの地域開発金融機関*1と、全世界を支援の対象とする世界銀行(WB:World Bank)を指します。 この世界銀行は、第二次世界大戦終盤の1944年に設立されました。設立当初の目的は主に欧州の復興支援でしたが、今では貧困の削減を掲げて全世界であらゆる支援を行っています。 *1 アフリカ開発銀行、アジア開発銀行、欧州復興開発銀行、米州開発銀行。
「絶対的貧困」の過酷すぎる現実
世界銀行は、2022年9月に1日「2.15米ドル」(約320円)を「絶対的貧困ライン」とし、この1日2.15米ドル以下で生活している人々を「絶対的貧困」と定義しました。 なお、絶対的貧困ラインは、1991年に最貧国の6カ国を調査して算出され、初めて設定された当初は1米ドルでした。その後、物価上昇等を理由に修正され、08年に1.25米ドル、15年に1.9米ドル、そして24年現在は2.15米ドルとなっています。 これが貧困の世界的な水準です。世界の人口は約80億人とされていますが、現在では1日2.15米ドル以下で暮らす人々が、約8%いるとされています。命を維持するのも危ぶまれる絶対的貧困は、アフリカなどの途上国で見られる飢餓(starvation)のような状態であり、日本のような先進国で目にすることはほとんどありません。 『スラムドッグ$ミリオネア』*2という映画があります。アカデミー賞8冠を受賞した世界的な名作です。インド南部の大都市ムンバイ(ボンベイ)*3にあるスラム*4で、極限状態の生活を強いられていた主人公・ジャマールは、インドの国民的クイズ番組「クイズ$ミリオネア」に出演するチャンスを手にします。 この作品では、絶対的貧困状態にある人々の現実が生々しく描かれています。ムンバイのスラムは世界一荒廃していると言われており、ジャマールの育った環境は想像以上に過酷なものでした。なかには物乞いをするために少しでも同情が集まるよう、失明させられたり手足を折られたりといった衝撃的な場面も描かれています。 実際、必要最低限の生活水準を維持するため、幼い子供が過酷な労働環境に身を置かれるのは珍しいことではありません。食べ物を買うことをはじめとして、とにかく生きるためにおカネを稼ぐことは、彼らにとって喫緊の課題なのです。 *2 2008年公開のイギリス映画、ダニー・ボイル監督。実在する国民的クイズ番組に出場した青年の生い立ちを通じてインド社会の現実を描いています。 *3 デリー・ニューデリーと並ぶインド最大規模の大都市。なお、「ボンベイ」は英植民時代の名称。映画産業が盛んで、ハリウッドにちなんで「ボリウッド」とも言われています。 *4 極貧層が居住する過密化した地区。日本では1960年代になくなったとされています。