飛行機はなぜ落ちないで飛び続けられるのか?…機体を持ち上げているのはジェットエンジンではなかった!
物理に挫折したあなたに――。 読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。 【写真】「物理は質量がすべて」と言える理由…なぜ「重さ」はダメで「質量」なのか? 本記事では飛行機はなぜ飛ぶのか? という疑問から、揚力についてくわしくみていきます。 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。
飛行機は人工衛星か?
「地表すれすれにだって、人工衛星は落ちないで地球を回ることはできる。ただし、空気抵抗があるからそれは無理だ」と前に書いた。それでは空気抵抗で減速しないように加速することで、飛行機は人工衛星と同じ意味で地球を周回しているのだろうか? 実際のところ、飛行機がジェットエンジンを噴射し続けているのに加速せず一定の時速で飛んでいるのは、空気抵抗と釣り合うだけの推力をジェットエンジンが生み出しているからだ。 意外に思われるかもしれないが、ジェットエンジンの推力は、機体を浮き上がらせる方向(つまり重力に逆らう方向)にはまったく働いていない。水平方向に加速しているだけなのだ。上下方向の加速には貢献していないのに、ジェット機が墜落しないのだから、「空気抵抗を打ち消して人工衛星になっているのでは?」と思うのも無理はない。 だが、残念ながらそうではないのだ。仮に空気がなかった場合、飛行機が地表すれすれに飛ぶ人工衛星になるために必要な時速は、2万8500kmというとんでもない速度なのだ。 これは音速を時速に換算したときの時速約1200kmの20倍以上、つまり、マッハ20以上という速度になる。有人飛行機の最高速度記録はX–15というアメリカの極超音速機が達成したマッハ6.7だと言われている。ジェット旅客機が人工衛星として飛ぶのに必要な速度は人類には達成できない高みなのだ。 それでは、ジェット旅客機は上下方向の推力を持っていないのになぜ落ちないで飛び続けられるのか? それは翼にかかっている圧力(揚力)のおかげだ(揚力は高校物理の教科書には登場しないが、ここでは説明を続ける)。 翼にかかる圧力の総和は翼面積に比例する。だからジェット旅客機は非常に大きな翼を必要とする。持ち上げるべき重量は体積に比例するが、飛行機を持ち上げる揚力は翼面積に比例する。 だから、大きな飛行機ほど、胴体に比べて大きな翼面積にするか、あるいは、単位面積当たりの揚力を大きくしないといけないのだ。 同じ翼面積で揚力を大きくするにはどうするか? 実は翼にかかる単位面積当たりの揚力は飛行速度の2乗に比例することが知られている。重量に比例して翼を大きくできない場合は、飛行速度を上げるしかない。重い飛行機はより速い速度で飛ばないと自重を支えきれないのだ。 ジャンボジェットのような巨大な航空機は、その重い機体を持ち上げるために、長い滑走路で加速して、離陸に必要な揚力を得る必要がある。逆に軽いセスナは、低速でも十分な揚力が得られるので、短い滑走路でも離陸できる。 一方で、飛行機は好き勝手な速度で飛ぶことはできない。決められた速度より速く飛んだら揚力が大きくなりすぎて上昇してしまうし、それ以下の速度で飛んだら、揚力が足りなくて落下してしまう。 しかし、これではあまりに不便なので、実際には飛行機を上にやや傾ける(迎角)ことで揚力を調整している。機首を上げると、揚力は大きくなり、下げると揚力は小さくなる。だから、高速で飛びたいときは機首をやや下げ、遅い速度で飛ぶときは機首を上げる。なので、水平飛行しているときも実は飛行機の床は少しだけ傾いている。嘘だと思ったら今度飛行機に乗るときにパチンコ玉かビー玉を持っていってそっと床の上に置いてみよう。静かに玉が転がり始めるのがわかるだろう。 飛行機の翼に働く揚力はほかのことにも応用されている。たとえば、船の舵。舵は進行方向に対して斜めの板(=舵)を置くことで船に回転力を与えて船の向きを変えさせるものだが、これは「(飛行機の機首を)やや上に向けておくと速度が遅くても落ちない」という話と対応している。 また、いわゆるプロペラやスクリューも同じ原理である。翼や舵の場合は、動いているのは水や空気のほうだが、プロペラやスクリューの場合には動いているのはプロペラやスクリューのほうで、水や空気は止まっているという違いがあるだけである。 スクリューとプロペラにはずいぶんと大きな見た目の違いがある。なぜだろうか。液体と気体の違いだろうか? しかし、扇風機の羽根は飛行機のプロペラより、船のスクリューと似た格好をしている。ということは気体と液体の違いではない。では違いはなんだろう? 答えは「液体(気体)を動かそうと思っているかどうか」の違いである。船のスクリュー(あるいは扇風機の羽根)の形状は幅が広く、螺旋状になっているのでこれは液体(気体)を「動かす」のが目的だ。船のスクリューの場合、液体を「動かす」ことでその反動で(難しいことをいうと運動量が保存するので液体が後方に動く分だけ船が前に動かないと、動き出す前の「運動量がゼロ」の状態と矛盾してしまうから)船は前に動くし、扇風機は羽根で空気を動かそうとしている。じゃあ、なんで飛行機のプロペラはこの原理(気体を押し出してその反動で進む)を採用しなかったのか? それは「密度」の違いにある。スクリューを回転させることで液体や気体に与えることができる速度は決まっている。しかし、力は液体や気体の速度だけで決まるわけではなく、その密度にもよっている。同じ速度で液体や気体を押し出してその反動で前に進もうと思っても、液体に比べてずっと密度が小さい(軽い)気体を押し出したときの反動は、液体を押し出したときのそれに比べてはるかに小さくなってしまう。むろんその場合、それを補うほどにスクリューを速く回転させればいいのだが、残念ながら液体と気体の密度の差は1000倍にも達する。じゃあ、気体中で液体中の1000倍の速さでスクリューを回転させることができるかというとそんなことは工学的に容易ではないわけだ。 結果、プロペラは、スクリューより薄い作りにしてうんと速く回転させることを容易にする形状になった。1回転当たり「押し出す」ことができる気体の量は格段に減るが、より高速に回すことができるので十分な推力が得られる。スクリューとは似ても似つかないあの「飛行機のプロペラ」の形状には必然的な理由があるのだ。 船のスクリューの回転数は毎秒1回程度だが、飛行機のプロペラの回転数はセスナ機でも毎秒30~40回はある。それでも足りないので、セスナのプロペラの大きさは、スクリューと船体の大きさの比に比べれば、胴体に比べてはるかに大きい。 「動く」という観点からは空気抵抗や水の抵抗は邪魔者(船が速く走れないのはほとんど水の抵抗が大きいせいである)とされがちだが、水や空気があることで動けている場合も多い。摩擦がゼロだったら地面を蹴ることもできないので「歩行」そのものが無理になる、というのと話はよく似ている。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)