デジタル声優アイドル・22/7、初アニメタイアップ曲に自信を持てた秋元康氏の歌詞「私たちが歌う意味がある」
13枚目となるシングル『YESとNOの間に』をリリース
秋元康氏が総合プロデュースするデジタル声優アイドル・22/7(ナナブンノニジュウニ、通称:ナナニジ)が、10月30日に13枚目となるシングル『YESとNOの間に』をリリース。同グループのメンバーは、現実世界のアイドル活動に加え、アニメ界を代表するトップクリエイターが生み出したキャラクターの声優を務めており、“アイドル×キャラクター”というハイブリッドな活動で常に新しい挑戦を続けている。ENCOUNT編集部は、初期メンバーとしてグループを支える西條和、2019年に加入した河瀬詩、22年に加入した相川奈央にインタビューを行い、ナナニジの魅力に迫った。(取材・文=イシイヒデキ) 【写真】声優アイドル・22/7の全身ショット ――それぞれ加入したタイミングは違いますが、どんなことがきっかけでナナニジのオーディションに参加したのでしょうか。 相川「子どもの頃、アイドルアニメ、『アイカツ!』や『プリティーリズム』が大好きで幼心に私もこんな風に歌って踊れたら楽しいだろうなと思っていました。1年間アメリカで暮らした際にアイドルアニメに心を救われ、帰国してから友達にナナニジのオーディションに誘われ、声優さんにもアイドルにも興味があったのでオーディションにトライしました」 河瀬「小さい頃からAKB48さんや乃木坂46さん、アイドルが日常の中にあり、中学生の頃は(動画クリエイターユニット)HoneyWorksさんが大好きになりました。キャラクターの声を声優ユニットのTrySail(トライセイル)さんが担当していて、そこで初めて声優さんという存在を知りました。TrySailさんもステージに立って歌手活動をして、各々が声優としても活動されている。そんな存在になりたいと思ったのがオーディションを受けたきっかけです。その出会いがなかったら、今こうして活動していなかったと思います」 西條「私は学生時代、学校に行きたくない時期があり、転校する方法を考えていたことがありました。勉強も運動も楽器もできない、突出した特技がなかったのですが、ナナニジのオーディションの応募資格は『15歳から25歳の女性』としか書いていなかったことと何もない自分を変えたいと思い、オーディションに挑戦することを決めました」 ――実際にナナニジとして活動して自分を変えることはできましたか。 西條「かなり変わりました。ナナニジに入る前は、笑ったり怒ったり泣いたり、感情を出すことがあまりありませんでした。でもナナニジとして活動していくうちに、メンバーが笑っていたらうれしい、一生懸命頑張って結果が出なかったら悔しいと思えるようになりました。今まで夢中になれることが無かった私が、7年も8年もずっとこのグループで活動できていることは自分でもすごいことだと感じていますし、人生が変わりました。ナナニジに出会えて良かったです」 ――みなさんが担当するキャラクターの自己紹介をお願いします。 相川「私が担当している西浦そらちゃんは、一言で言うとギャルっぽい、常にノリで生きているような明るい女の子です。2022年に加入した後輩メンバーは、自分たちのプロフィールから紐づけられてキャラクターが生まれたので、自分に似ている部分もたくさんあり、明るくておしゃべりが大好きでフレンドリーなキャラクターになっています」 河瀬「私が担当している斎藤ニコルちゃんは、王道アイドルを目指していて、かわいいことやうさぎが大好きです。ストイックで真面目な一面、自分にも他人にも厳しいところがあり、ニコルちゃんに憧れるところがたくさんあります。私にとっては、憧れのお姉さんのような存在です」 西條「滝川みうちゃんを担当しています。初期メンバーは、オーディション時点でキャラクターが完成していて、髪の毛で顔を隠しているみうちゃんがずっと気になっていました。私はメンバーの中でも1番キャラクターと共感できる部分が多いのではないかと思っていて、人と話すことが苦手なところやおどおどしているところが似ていると感じています。アニメでは肝心な時に率先して動くかっこよさがあり、憧れている部分もたくさんあります」 ――アイドル×キャラクター、二次元と三次元を融合した形になりますが、難しさを感じたことはありますか。 河瀬「ミュージックビデオをモーションキャプチャーで撮影することがあり、センサーの付いたスーツを着て踊って、その動きがキャラクターの動きになります。ダンスのクセ、動きの大きさは、自分とキャラクターだと違う点も多くあるので、私の場合、ニコルちゃんとして踊るときは、いつもよりきゃぴきゃぴして、動きも大きめにすることを意識しています」 西條「私が一番難しかったのは関西弁です。みうちゃんは埼玉出身で、私はバリバリの関西人なので、最初から話し方で注意を受けることがありました。最近は、人前に出る前はちゃんと標準語で話しています」