江川卓の全盛期を知る田尾安志は、野茂英雄のストレートに「この程度か...」と速さを感じなかった
「やっぱり入団時のしこりはずっとあったと思いますよ。現役最後となった1987年は13勝5敗の成績を残して引退。肩の状態がよくなかったことが理由だけど、本気で10年目をやろうと思ったらやれたはずです。一度電話で『まだやれるだろう』って言ったことはあるんですけどね。本人が言うには、『入団時の経緯がたとえ自分の意思ではなかったにせよ、周りはそういうふうに見ているため、恥ずかしい成績は絶対に残せない』と。そういう強い気持ちを含めて話した記憶があります。 入団1年目だけ9勝10敗でひとつ負け越しましたけど、あとの8年はきっちり、2勝1敗のペースで終わっていますからね。それくらいの成績を出す自信がなかったら続けられないんだって、本人がラインを引いていたんじゃないですか。僕らには想像できないところでの葛藤や苦しみがあったんだろうなっていう気がします。もっとふつうの野球人生を歩んでいたら、江川のよさがもっともっと出たのかなと」 何十年にわたって家族ぐるみの付き合いをしている田尾だからこそ知る、江川の心の内なのだろう。 【田尾安志が語る衝撃の江川攻略法】 なにより田尾にとって、グラウンドでの江川はやはり特別な存在だった。 「プロに入って、真っすぐで驚いたことは一度もない。野茂英雄も佐々木主浩も打席に立ちましたけど、『この程度か......』っていう感じ。それらと比べると、江川の真っすぐの伸びはちょっと違いましたね。ひとり飛び抜けていました。 江川は、僕が高めの球を苦手にしているのを知っていた。だから、基本インハイに来るのはわかっていて、それを打ちたくて何度もトライしたんですけど、江川の状態がよかったらなかなか打てません」 バッテリー間の18.44mで、ピッチャーがリリースしてからキャッチャーに到達するまでの時間は、球速145キロでおよそ0.4秒。目で視認したものが脳に伝わり、筋肉が収縮動作を起こすまで約0.3秒かかると言われている。そのわずかな時間のなかで、どうやって打つのか。