見事なヒスイの石仮面をマヤの王墓で発見、「闇の時代」解明の手がかりとなる嵐の神
王にふさわしい翡翠の仮面
2022年6月下旬、研究室に戻ったエストラーダ゠ベリ氏は翡翠に注目した。これは考古学者がテッセラと呼ぶもので、ほかのマヤ遺跡では、王族を埋葬する際のモザイクの仮面に使われてきた。神や先祖の象徴として、埋葬者の富や権力を表していることが多い。 何度か翡翠のタイルを動かすと、渦巻き状の目と鋭い歯を持つ顔ができた。 また、目ざとい同僚が、墓の主のものと思われた骨の一部に、黒曜石で刻んだと思われる細かい彫刻に気づいた。骨のうち2つは埋葬された王のものではないこともわかったが、その彫刻から、支配者である王の身元が明らかになった。なんとその彫刻に描かれていたのは、マヤの神の頭を掲げる支配者だった。それは、エストラーダ゠ベリ氏がよみがえらせた仮面の神そのものだった。 しかし、この王や神は何者なのだろうか。エストラーダ゠ベリ氏は、米アラバマ大学の考古学者で、マヤの碑文に詳しいアレクサンドル・トコビニン氏の協力を得て、彫刻の解読にあたった。そして、謎の支配者と神の身元が明らかになった。支配者は、イツァム・コカジュ・バフラム(「太陽神/鳥/ジャガー」の意)。そして渦巻く神は、考古学者たちにヤクス・ワヤーブ・チャウクG1(「最初の魔術師 雨の神」の意)と呼ばれている存在で、マヤの嵐の神だった。 エストラーダ゠ベリ氏は、この発見は「きわめて珍しい」と言い、まだ明らかになっていない時代や場所の貴重な情報源になるだろうと述べている。
地方と中央、それぞれの王
墓から見つかった香や骨の放射性炭素年代測定を行ったところ、イツァム・コカジュ・バフラムは、紀元350年ごろのチョチキタムの王だったとみられることがわかった。 埋葬の場所から、その主がエリート階級や王権を持つマヤの支配者であることは明らかだ。しかし、遺跡で見つかった工芸品や建築物から、当時の地方指導者の多くはさらに強力な王に従属していた、あるいは操られていたという説の信憑性が増している。また、この遺跡から見つかった品の中には、ほかの強力なメソアメリカ都市で見つかった品を思わせるものもある。そのひとつが、全裸のイツァム・コカジュ・バフラムの姿を描いたものだ。 「これがティカルやテオティワカンの影響下にあったマヤの王だったことは明らかです」とエストラーダ゠ベリ氏は言う。古代メソアメリカの都市テオティワカンは現在のメキシコにあり、マヤの都市ティカルは同じペテン県にある。どちらも、僻地と言えるチョチキタムよりも大きく、影響力も強かった。 「遺跡からは、隷属的な地位にあったという証拠は見つかっていません。しかし、状況から考えれば、ティカルには直接的に隷属し、テオティワカンには間接的に隷属していたと思われます」 チョチキタムの王たちの詳細や、謎につつまれたマヤ古典期初期の強力な支配者たちとのつながりについては、まだわからないことが多い。エストラーダ゠ベリ氏のチームは、遺跡で見つかった骨の古代DNA調査や、打ち捨てられたピラミッドからさらに宝が見つかる可能性など、あらゆることを調査し尽くすつもりだ。 それが明らかになるまでは、失われたマヤ王の翡翠の仮面を堪能することにしよう。エストラーダ゠ベリ氏によると、この仮面と彫刻が施された骨は、地道で骨の折れる考古学調査の世界ではめったに味わうことができないスリルに満ちているという。 「今、目の前にあるのは骨ですが、それを調べることで、彼がきらびやかな衣装を着て、王位の象徴である品を手にし、王権を掌握していた様子が見えてきます。これはたまらなくわくわくする瞬間で、考古学者としての特権です」と、エストラーダ゠ベリ氏は話す。「ときには、幸運に恵まれることもあるのです」
文=ERIN BLAKEMORE/訳=鈴木和博