<わたしたちと音楽 Vol.41>児玉雨子 アイドルやアニメのために綴る言葉に込める思い
大人側として、歌詞を書く相手に“書きつけない”ようにしたい
――そうだったのですね。ハラスメントは、年齢や立場などギャップがある間に生まれやすいと思うのですが、当時からそのご自身の権威性を意識していらっしゃったんですね。自分が書いた言葉が他人の口から発せられる作詞という行為は、とてもデリケートなものでもあると思うのですが、児玉さんは作詞をする際にはどんなことに気をつけていらっしゃいますか。 児玉:さすがに権威性とまでは思っておらず、「私はオタク的感性が強いから」という引け目のようなものでしたね。あまり20代の頃は強く意識してはいなかったのですが、女性から女性のセクシャルハラスメントもきっとあるじゃないですか。それに、自分はそうは思っていなかったとはいえ、昔は“同世代の女性”が書いていることで評価をされたりもしました。特に今、作詞でご一緒しているアイドルの子たちはもう明確に違う世代の人間なんですよ。セクハラまでいかなくとも、大人側の人間として“書きつけちゃう”ことはあると思っていて。だからこそ、恋愛にまつわる歌詞を書くのは今すごく難しいですね、手探りです。あとは、差別的に受け取られやすいだろう表現にはここ数年はより気をつけているかもです。それ以外は、昔よりもさらに自分の書きたいことを自由に書くようになった。以前より気にする領域が変わったのを感じています。 ――それはご自身の経験が積み重なって? それとも社会が変わったからということなのでしょうか? 児玉:両方ですね。 ――児玉さんの書く歌詞には、“強い女”や“若い女”といった外圧的なカテゴライズから“ウチら”を取り戻す、という意思を感じますが、どうしてそういう考えに辿りついたのでしょうか。 児玉:まぁ単純に、なんでもかんでもそういう表現で片付けられることに違和感を抱くようになった、という感じですね。K-POPのガールクラッシュを「流行ってるから」とモノマネしてかえって女性を侮辱するくらいなら、しないほうが良いんじゃないかなぁと思っているし。あとは、自分が書けるのはもっと小さな語りだったり、社会的なことは大事だとは思うけど、本当に好きなモチーフは建造物やつやつやの石や宇宙にまつわることだったりして……とか言って、逆張りしたいだけなのかもしれないですけどね。 ――ご自身のパーソナルなモードとしては、どういう状態なんでしょう? 児玉:まず、強い女っていうものがよくわかっていないですよね。何を持って強いというのか……。今の私は「とりあえず、書きたいことを書く」って感じです。