「なんでこんな無駄な政策が?」誰もが不思議に思う現状を変える「EBPM」エビデンスから検証してみたら
「なんでこんな変な政策が決まったんだろう」 「こんな無駄な政策、いつまで続けるつもりなんだろう」 と思ったことはありませんか? 理由は色々考えられます。政治家や官僚が自分に有利な政策を無理やり決めている、一部の利益団体の言うことを聞いている、などなど。 こういう自分勝手な人たちには、政策を作るプロセスから一刻も早く退場してもらって、もっと有能で、みんなのことを考えられる人たちに政策を決めてほしい、と誰もが考えるはずです。 個人や民間では解決できない様々な課題に対して、問題解決のために政府や自治体は計画を作り、様々なサービスを供給しています。こうした、問題解決の術や政府活動のプランのことを「公共政策」と呼びます。 公共政策は私たちの生活を支える重要なものですから、優れた体制で立案されることが望ましいですし、うまくいく政策が実施されるに越したことはありません。ですが、それを可能にする前提が今、危うくなっていると言われています。 たとえば、あまり識見や実力が確かだとは思われていない人々が、政府の会議のメンバーに任命されたことが批判的に取りざたされることがしばしばあります。府省庁、あるいは政府の人選能力に疑問符をつける人も少なくないようですが、政策に携わる人々のおかれている状況にも問題がありそうです。 とりわけ官僚の働き方は過酷で、官僚になりたい人が減っていると言われています。府省などに優秀な人材を集めて能力を向上させ、その能力を遺憾なく発揮できる環境作りが求められていることは確かです。 研究者もこうした状況を前に、ただ手をこまねいてきただけではありません。こういった課題を解決すべく、様々な理論が開発されてきました。中でも近年、注目を集めているのが「EBPM」です。 これは、Evidence-Based Policy Makingの略で、「エビデンスに基づく政策形成」「エビデンスに基づく政策決定」などと訳されます。 その名の通り、政策をエビデンスに基づいて作り、進めるという考え方を表したものです。たとえばビッグデータを用いて最適な交通網を整えるだとか、統計データに裏打ちされた効果のある政策を作るといったものがイメージされやすいでしょう。 まずはEBPMの基本的な発想について考えてみましょう。それは詰まるところ、「政策を合理化したい」という願望に他なりません。「政策の合理化」とは、効果のあることが証明された政策を作り、それを実施することです。 あるいは、政策を検証してみた結果、「これはどうも効果がないらしいぞ」と分かった政策は終わらせなければなりません。このような「効果のある政策を作って実施し、効果のない政策を終わらせる」ことが、「政策の合理化」に繋がるわけです。 合理的な政策は、期待された効果を発揮しますし、多くの人々を幸せにします。その政策を作った官僚も、それを命じた政府も褒められます。損する人が誰もおらず、まさにwin‐winの関係ですね。EBPMはこの「政策の合理化」に深く関わっています。 ■EBPMの起源 「EBPM」という言葉そのものの起源は英国にあると言われています。1990年代後半から労働党の党首で首相の地位にあったトニー・ブレアによる政権(1997~2007年)が、EBPMを開始しました。当時、長らく政権の座にあった保守党から久々に政権の座を奪えた労働党でしたが、これまでの労働党とは違う、「第三の道」を打ち出したことが大きな勝因だったとしばしば指摘されています。 「第三の道」の中身は多様で、一言で説明するのは難しいのですが、要するにサッチャリズムに代表される(いわゆる)新自由主義路線でもなければ、ブレア以前の労働党のような、社会主義的な路線でもない、というくらいの理解でひとまずは問題ありません。 ブレアが掲げたのは、「政府の近代化」という方針でした。この方針は、研究の成果を活用することで、質の高い政策を生み出し、歳出削減を達成しようとするもので、様々な取り組みが実行に移されました。その中で唱えられたのがEBPMに他なりません。 こうした動きが出る少し前から、医療分野でEBM(Evidence-Based Medicine)の動きが始まっていました。これは、個々の患者が有益な医療を受けられるように、医者の経験や勘などだけに頼らないことを目指した動きです。ブレア政権の方針として掲げられたエビデンス重視は、このEBMにも影響を受けたものだったと言われています。 こうして進められることになったEBPMですが、肝心なのは、何を「エビデンス」とするかです。EBPMにおける「エビデンス」とは、端的に言ってしまえば、政策の因果関係を表すものです。もちろん、政策の因果関係はそう簡単には分かりません。 たとえば、ある高校で、新しいデジタル教材を用いた教育手法を導入したとします。その結果、生徒の模試の成績が向上した場合、この新しい教材は効果的であると言えるでしょうか。 このケースで言えば、模試の成績向上が本当にその教材のお陰だったのかを厳密に探るためには、もう少し工夫が必要です。ある模試の成績が高校全体で上がったとしても、それは本当にその教科書の効果であるかは分からないからです。 たまたま先生が作った小テストが模試の出題範囲と合っていたのかもしれませんし、その学校の生徒が多く通う学習塾の教え方がよかったからかもしれません。こうした様々な要因を考慮に入れると、果たして本当にその教材が効果的だったかどうかは分からなくなってきます。 そこで用いられるのが「RCT」(Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験)と呼ばれる方法です。かいつまんで言えば、ある集団をランダムに2つのグループに分け、片方にはある処置を施し、もう片方には施さないことによって、その処置の効果を測定するという手段です。 先に挙げたケースで言えば、学校の中で新しい教材を使って教えるグループと、そうでないグループをランダムに分けた上で、模試の成績を比較すればいいわけです。 この手法は主に医学の分野で発展してきたと言われています。投薬をはじめとした治療の効果は、主としてこうしたプロセスを経て確認されます。しかも、たった一つの実験ではなく、たくさんの実験の解析を通じて得られた知見によって、厳密な因果関係の把握が目指されます。 そして、EBMにおいてもランダム化比較試験が重視されています。この点にもまた、EBPMが受けているEBMからの影響を見出すことができます。 ■ランダム化比較試験(RCT)を用いた政策検証の実例 海外では犯罪予防及び更生を目指す刑事政策においてエビデンスの蓄積が進んでいます。これらの分野は、Evidence-Based Policing(エビデンスに基づく警察・防犯政策)と呼ばれ、数多くの論文が出版され、関連書籍も多く世に出ています。 有名な事例を見てみましょう。「スケアード・ストレート」というプログラムがあります。これは、「怯え」(Scared)ることによって、「矯正」(Straight)されることを目的としたもので、非行少年たちが刑務所を訪問し、そこで服役している凶悪犯たちに出会い、色々な話を聞きます。 そして、「お前たちは真っ当に生きろ、こんな風になるな」と凶悪犯たちは子どもたちを諭します。その絵面のもつ強烈なインパクトから、日本のバラエティ番組でもしばしば紹介されてきたので、ご存じの方もおられるかもしれません。さて、このプログラムには効果はあったのでしょうか。 このプログラムを受けた集団と、受けていない集団の再犯率を比べれば、効果の有無は分かります。すると、このプログラムを受けた生徒たちの方が、再犯率が高かったことが分かりました。原因については様々な指摘がありますが、効果があると思われていた政策がむしろ逆効果だったという事実に、多くの人が驚いたと言われています。 あるプログラムが有効だった事例も見てみましょう。薬物の使用によって犯罪に走った人たちに対して、通常の刑事司法プロセスと並行し、薬物依存を克服するためのプログラムを受講させます。これは「ドラッグコート」と呼ばれる取り組みで、いくつかの国々で導入されているものです。 1999年、この取り組みを先進的に導入したオーストラリアのニューサウスウェールズ州では、ランダム化比較試験を通じてプログラムの効果を検証しました。その結果、従来の司法制度を経た犯罪者100人のうち62人が薬物犯罪に再び手を染めてしまったのに対して、ドラッグコートを経た犯罪者100人の場合は、薬物犯罪の再犯者は8人でした。ドラッグコートの効果があることが分かったのです。 このように、ランダム化比較試験による検証は極めて有用で、多くの政策分野に活用されるポテンシャルを秘めていると言えます。日本での実例はまだそれほど多くはありませんが、これから更に増えていくことが期待されています。 ※ 以上、杉谷和哉氏の近刊『日本の政策はなぜ機能しないのか? EBPMの導入と課題』(光文社新書)をもとに再構成しました。政策の合理化をめぐって新しい議論が始まりつつある今、EBPMの全体像に迫ります。