キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位作品「せかいのおきく」は江戸時代、サステナブルな青春グラフィティ
キネマ旬報ベスト・テン作品賞(日本映画第1位)、そして脚本賞受賞の「せかいのおきく」。同じく日本映画監督賞のヴィム・ヴェンダース「PERFECT DAYS」と、2023年度はつくづく“厠(かわや)の年”だった。人の営みに不可欠なモノなのに、映画の題材として真っ向から描くには文字通り“憚(はばか)り”だったものを、一気に噴出させたかのようで、気分スッキリである。
阪本順治監督初のオリジナル脚本による時代劇
阪本順治監督初のオリジナル脚本による時代劇で、30本目の節目作が“江戸の下肥(しもごえ)事情”なのは「誰も描かなかった」から、だそうだ。納得。江戸庶民のふん尿は肥料として農村で作物を育んでいた……サステナブルにして、バイオエコノミー。江戸時代は高度な循環型社会、という打ち出しに目から鱗の思い。方向性としては「人情紙風船」(1937)や「幕末太陽傳」(1957)あたりだそうだが、確かに時代劇史上初! 長屋住まいに身をやつす、声を失った武家娘・おきく(黒木華)と下肥買いの若者・矢亮と中次(池松壮亮、寛一郎)が、志を持って生きようとする。いわば“大江戸青春グラフィティ”的魅力も保持しつつ、白黒スタンダードから肝心な場面は一転、黄金色鮮やかな“総天然色”と化し、大いに匂い立つのがミソというか、何というか。
「おれたちがいなきゃ、江戸なんて糞まみれじゃねえか」
当初の題名はそのものズバリ「江戸のうんこ」だったそうな(笑)。黒木華さんをヒロインに迎えるにあたり、さすがにミもフタもないので、この題名に。“おきくのせかい”では狭く内向きとなろう。“せかいのおきく”としたことで、苛酷な境遇下でも大きく飛翔せんとする青春無限の可能性を忍ばせた。 “長屋もの”好きとしては、堆肥事情を中心とした克明な描写も見逃せない。冒頭での主人公たちが雨宿りする共同便所“外後架”、長屋内の後架の扉は下半分しかなく、座っても顔が見えるほど。長雨が祟り、厠から屎尿(しにょう)があふれ、長屋の連中が右往左往するシーンは思わず微苦笑を誘う。おきくがまだ声を発していた頃「あたしだって、武家育ちの恥も外聞も捨てて、いまや、糞とか屁とか平気で言えるようになったのでございます」という科白が何ともオカシイ。あるいは、矢亮と中次がじゃれ合いながら「おれたちがいなきゃ、江戸なんて糞まみれじゃねえか」とヨタを吐くのも、その通り! と相槌を打ちたいほど。