世田谷一家殺害から15年 どんな事件? 早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語
■行き詰まる捜査
捜査が行き詰まりかけた04年頃から、捜査本部はマスコミ向けに「新情報」を出すようになりました。不審者のイラストや年齢、新たな犯人像や目撃情報、殺害の手口、年賀状の存在、犯人のパソコン操作時間の変更などさまざまです。こうした発表は事件を風化させないという意味で有効である半面で、発生初期の段階で多くの人にすり込まれた「おおよその犯人像」を覆すケースもあって困惑も広がっています。 例えば年賀状の存在(最初は犯人が持ち去ったとされていた)やネット接続時間の変更で犯人は未明に逃走している可能性があると分かり、「殺しを決行した後に朝まで居座っていた」という残忍性をより高める最初の頃のイメージとは異なる可能性が出てきたように。 新たな情報提供は「犯人しか知り得ない事実」を公開するというリスクもあります。「報道で知った」と言い逃れる可能性も出てくるためです。 またマスメディアの独自取材やジャーナリストの推測をまとめた本も、結果的に犯人像の拡散へとつながっています。ベストセラー『世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白』(齊藤寅著/草思社)では、アジア系の留学生を中心とした「クリミナル・グループ」犯行説を取ります。インターネットで連絡を取り合い、金だけを目的として残忍な犯行を繰り返す集団というのです。
■殺人事件などの時効廃止
なお「事件発覚から15年」という年月は長い間、罪を犯しても処罰されず、起訴(裁判にかける)もできない殺人の公訴時効でした。05年発生以降は25年に延長されましたが、さかのぼっての適用はできません。 宮沢みきおさんの両親は08年、世田谷区内で初めて記者会見に臨み、情報提供とともに殺人事件の時効停止などを訴えました。10年、刑事訴訟法が改正されて人を死亡させた罪(殺人、強盗殺人、強盗致死など)の時効を廃止すると同時に、過去の事件であっても改正法施行(10年4月)の時点で未成立ならば廃止が適用されます。宮沢さんの遺族を含む多くの未解決事件遺族らの訴えが実りました。捜査は難航しているものの世田谷の事件で「逃げ得」はもうありません。 「結局現在、何が分かっていて何が分かっていないのか」と問われれば、肝心なことは何も分かっていないといわざるを得ません。とはいえ法改正で犯人は決定的な証拠を残しながら一生追われる身になったのです。
--------------------------------------------------- ■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】