『海のはじまり』田中哲司が見せた予想外の一面 生方美久の過去作を彷彿とさせる要素も
表面だけでわかることもあれば、わからないこともある。人間の本質は、しばしば複雑で捉えどころがない。毎週思うことではあるが、フジテレビ系月9ドラマ『海のはじまり』は、まさにこの人間の多面性を巧みに描き出している。人を簡単に判断してはいけない。そう心で思っていても、自分がいかに目に見えるもの、聞こえる言葉から、相手をジャッジしていることを痛感させられた第8話だった。 【写真】朱音(大竹しのぶ)と話す夏(目黒蓮) 夏(目黒蓮)は、南雲家での1週間の滞在を終える。翌日、仕事の休憩中、夏は緊張した面持ちで携帯電話を取り出す。ためらいがちに番号を押し、呼び出し音が鳴る。「……急にすみません、母から連絡先を」と夏が震える声で言うと、相手は驚いたように「夏?」と聞き返す。「はい」と小さく答える夏に、相手は懐かしむような穏やかな声で「おぉ、元気?」と続けた。 夏は落ち着かない様子で、海(泉谷星奈)を連れて喫茶店に足を踏み入れる。緊張感漂う空気の中、実父・溝江基春(田中哲司)と対面する。この一見どこにでもいそうな父親である基春こそが、実は物語の核心を握る重要人物だった。 第8話の開始早々、多くの視聴者は基春に対して「ろくでもない父親」という印象を抱いたに違いない。例えば、夏の期待を込めた「写真、趣味だったんですか?」という問いかけに対し、基春は釣り、競馬、麻雀を趣味に挙げる。さらに、海に向けた「お前の子かわかんないよ」「変な名前」という言葉に、夏は耐えかねてめずらしく感情を爆発させ、椅子を蹴飛ばす。血の繋がりは、絆をともなわない場合もある。それを描くための、基春の登場なのかと思ったほどだ。 ところが、物語が進むにつれて、基春の父親像に変化が見られる。実は子どもの頃の夏を撮るためにカメラを買っていたこと、そして夏と同様の口下手さが明らかになる。加えて、「いい人」に囲まれた夏にとって、父親は唯一、愚痴や弱さも含めた本音をぶつけられる存在となっていく。水季(古川琴音)が津野(池松壮亮)に心を開いたように、夏もまた、普段の関係性が希薄だからこそ、基春に対して率直な本音を吐露できたのかもしれない。 注目すべきは、夏が心の内を明かす際の巧みなカメラワークだ。カメラは意図的に父・基春の背中を捉え、そこに微かながらも確かな親子の絆を映し出す。基春の言葉の端々からは、不器用ながらも確かに存在していた愛情が垣間見える。しかし、その愛には日々の責任や関わりが伴っていなかったのではないか、という疑問も浮かび上がる。 そして「楽しみたい時に楽しみたいだけなら趣味」という基春の言葉は、現在の夏の姿勢を鋭く暗示しているようにも聞こえる。たった1週間の子育て体験で理解できることは限られているはず。それでも夏は、責任の伴う真の「親子」関係を海と築き始める決意を固める。 『海のはじまり』第8話の展開は、生方美久の過去作品である『silent』(フジテレビ系)や『いちばんすきな花』(フジテレビ系)を彷彿とさせる要素がちりばめられているように感じられる。これらの作品には、一見単純に見える人物像や状況が、新たな視点の導入によって多層的な解釈を可能にする巧みな構造が見られるのではないだろうか。 例えば、『いちばんすきな花』では椿(松下洸平)の家に集まった4人が共感する「2人組が苦手」という価値観が、美鳥(田中麗奈)の登場によって覆された。この展開は、ある意味では、作品内の“スタンダード”だった価値観に疑問を投げかけ、観客の視点を揺さぶる効果があったように思われる。同様に、『silent』では音の聞こえる世界を生きる紬(川口春奈)の視点が中心に据えられながらも、奈々(夏帆)の視点が加わることで、想(目黒蓮)の音のない世界がより立体的に描き出されていた。 『海のはじまり』第8話においては、当初「ろくでもない父親」として描かれていた夏の実父が、予想外の一面を見せることで、観客の認識を揺るがす。簡単に善悪を判断できない人間の複雑さを浮き彫りにし、多様な角度から人間と社会を描こうとする姿勢は、さすが生方美久の脚本と言ったところだろう。 このような多層的な人物描写の中で、今後描かれるのは弥生(有村架純)の複雑な心境だろう。彼女の内面には、夏への想いと、海の存在による戸惑いが交錯しているように見える。 第9話では、このような割り切れない感情を抱えた弥生が、どのような行動を取るのかが焦点となりそうだ。水季から「夏くんの恋人へ」宛てた手紙の存在は、弥生にとって重大な意味を持つことになるのだろう。
すなくじら