何をやっても無反応、馬を操れない研修参加者はどう窮地を乗り越えたか?
働き方や価値観が多様化する現在、リーダーのあり方が問い直されている。そんな中、アップルやナイキ、アウディといったグローバル企業で導入されているのが「牧場研修」だ。世界のビジネスエリートは、なぜ自然に学ぶのか? そこで培われるリーダーシップやビジネススキルとは? 本連載は、各国の牧場研修に参加し、スタンフォード大学で斯界の世界的権威に学んだ小日向素子氏の著作『ナチュラル・リーダーシップの教科書』(小日向素子著/あさ出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。 第5回は、牧場研修に参加して「センス・オブ・ワンダー」の獲得に成功した、ある起業家の事例を紹介する。 ■他者に関心を移し、他者と呼応するリーダーシップ リーダーである自分が部屋に入ると、場の空気が重くなったり、部下たちの様子が変化したりする・・・。そのように感じたことはありませんか? 心当たりがある方は、無意識のうちに周囲に不要なプレッシャーをかけ、相手を萎縮させている可能性があります。 以前、私が行っている牧場研修にいらしたDさんは、感覚が鋭く、頭脳明晰な起業家でしたが、部下との関係がうまくいっておらず悩んでいました。 「部下は指示どおりに動いてくれています。でも、自分の影響力が大きすぎる気がして・・・。本当は、部下が自ら考えて動く組織をつくりたいのです」 Dさんには、自我を抑え、相手に関心を移すワークをしていただくことにしました。「馬場の中に、リードでつながれていない裸馬が1頭います。その馬に関心を寄せ、一緒に歩いてきてください」というワークです。 Dさんは、馬場に入るなり、一気にその裸馬との距離を縮め、「さあ行こう」と何度も声をかけました。さらに、馬の顔をのぞき込んだり、手をたたいたり、馬の首を押したりしながらコミュニケーションを図ったのです。 次に、馬から少し離れて、優しく呼んだり、自ら歩く手本を見せたりもしました。 しかし馬は、1歩も動きません。 「馬が無反応で困りました。難しいですね」 苦笑いしながら、馬場を出てきたDさん。 そこで、その様子を見ていたほかの参加者の方たちに、フィードバックをしてもらいました。 「Dさんは馬場に入るなり、すぐに馬に働きかけていました。最後まで、Dさんの動きが止まることはなくて、ちょっとせわしないなと感じました」 「Dさんは何をしている時も、馬の顔をずっとガン見していました。あれはプレッシャーかも」 「馬は、終始首を高く上げて、両耳をDさんに向け、口も閉じていました。緊張していたのではないでしょうか」 「馬に関心を寄せるというテーマだったと思うのですが、Dさんは、自分のしたいこと(馬と歩きたい)をするために必死になっているように見えました」 Dさんは、「そうか、僕の自我が前面に出ていたんですね。馬に優しく寄り添って声をかけているつもりだったのですが・・・。全然ダメですね」とつぶやき、そのまま黙ってしまいました。