稲垣栄洋 なぜ田植え機があるのに「昔ながらの手植え」を学生にさせるのか…後継者不足の今「農業の大変さを学んでほしい」はむしろマイナス効果では
朝ドラ『らんまん』では、日本植物分類学の基礎を築いた一人・牧野富太郎博士をモデルとした主人公、牧野万太郎が日本各地で植物を採取し、植物図鑑を完成させるまでの生涯が描かれました。ドラマ内では「雑草という草はない」という名言も飛び出しましたが、植物学者として、むしろ“雑草戦略”で生き抜いてきたのが静岡大学教授で作家、「みちくさ研究家」の稲垣栄洋先生です。稲垣先生曰く、なぜ田植え機があるのに、学生の実習で「手植え」を強いているのかが疑問でならないそうで――。 稲垣先生の新刊『雑草学のセンセイは「みちくさ研究家」』 * * * * * * * ◆「田植え」を知らない農学部生たち 私が今の大学に赴任したのは、十年前の七月一日のことである。もうすでに田植えは終わり、田んぼでは苗がすくすくと育っている季節だった。 「未来の田植えを想像して書きなさい」 私は学生たちにそんなレポート課題を出した。 まだ見ぬ未来のことだから、正解は誰にもわからない。つまり、何を書いても正解だ。ロボットが自動で田植えをしていてもいいし、ドラえもんのひみつ道具のような空想でもいい。田植えなんかしなくても米を作ることができるという空想でも良いだろう。 (学生たちは、どんな発想をしてくるのだろう) 楽しみに学生たちから提出されたレポートを読んで、驚いた。そこには、「未来には機械で田植えをしている」という答えがいくつかあったのである。 現代では、田植機で田植えをするのが一般的である。 いや現代どころか、田植機が普及をしたのは一九七〇年代だから、五十年以上前から田植えは機械が行っているのである。 (いったい学生たちは何を学んでいるのだろう) 率直にそう思った。
◆どうして手植えで実習をするのか? 聞けば、大学の農場の水田のほとんどは田植機を使っているが、学生たちの実習は、昔ながらの「手植え」をしているらしい。 もちろん先生たちは、田植えの機械があることを学生が知っている前提で、わざわざ「手植え」の実習をしている。 しかし、最近は、まわりに田んぼがない環境で育った学生がほとんどである。中には間近で田んぼを見たことがない学生もいる。田植機を知らない学生がいたとしても、無理のない話なのだ。 (それにしても、どうしてそもそも手植えで実習をするのだろう?) 現在は日本中のほとんどの田んぼで、苗は機械で植えられている。それなのに、「田植え体験」と言うと、ほとんどが手植えで苗を植える。 確かに、田植え体験には、子どもたちの自然体験というイベント的な性格がある。しかし、ここは大学の農学部である。 (研究を行い、先端技術を開発する大学の学生たちが、田植機を知らないというのは、おかしいのではないだろうか……) 小学校の田植え体験は、土に触れ、自然に触れるために、手で植える体験のほうがふさわしいだろう。 一方、農業技術を専門的に学ぶような学校では、田植機の操縦方法を教えている。それでは、大学の農学部はどうだろう? 農学部の学生の多くは農家になるわけではない。田植えをする体験も、これが一生に一度という学生も多い。 (大学の農学部の学生に、私は何を教えれば良いのだろう) 私にとってこれは、思ったより難問だった。
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