「ロイホ」「てんや」のロイヤルHD会長が語る「半沢直樹」「花咲舞」がスカッとするワケ
ロイヤルホールディングスの菊地唯夫会長は、1988年に日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)でキャリアをスタートさせた元バンカーで、「花咲舞」シリーズや「半沢直樹」シリーズなど、池井戸潤氏の全作品を読破する大ファンだ。菊地氏は、池井戸作品で描かれる組織と個の関係に、多くの読者は惹きつけられるのではないかと話す。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男) 【この記事の画像を見る】 ● 頭取秘書として見た金融危機 「半沢直樹」でよみがえる当時の記憶 ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」や「天丼 てんや」などの外食事業に加え、ホテル事業なども手掛けるロイヤルホールディングス。2010年に社長に就任し、19年から会長を務める菊地唯夫氏は、池井戸潤氏の作品のほぼ全てを読破する大ファンだ。 菊地氏は日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に在籍していた時代、MOF担(対大蔵省折衝担当者)を務めたほか、巨額の不良債権で経営危機に陥る過程を、頭取秘書として目の当たりにした経験を持つ。そのため、金融庁検査や不良債権問題が描かれる「半沢直樹」シリーズを読むと、当時を思い出すと話す。 また、池井戸作品がこれほど多くのビジネスパーソンを惹きつける理由の一つは、どの作品においても組織と個の関係性について丁寧に描かれているからだと指摘する。菊地氏は特に、「ノーサイド・ゲーム」で組織と個の関係性が修復される過程に引き込まれるという。 大ファンを自任する菊地氏に、次ページで池井戸作品の魅力について詳しく聞いた。
● 組織と個の関係性、水を差す勇気… 全ビジネスパーソンが引き込まれる理由 ――ほとんどの作品を読破している大ファンだとか。 私は1988年に日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に入行したので、池井戸潤さんが大学卒業後、銀行に入行された年代と同じ。それだからか、作品に出てくるシーンや半沢直樹のキャリアと、私が銀行で経験したことがシンクロするのです。 入行後に支店と海外留学、国際企画部を経験した後、総合企画部でMOF担をやっていた時期がありました。若造でしたが、大蔵省(現財務省)との折衝などをしていましたので、作品を読みながら当時のことを思い出しますね。 その後ドイツ証券へ転職するのですが、これも半沢直樹が証券に転じるのと似ています。M&A(企業の合併・買収)や資本調達などを経験しましたが、作品を読む時間は、実は自身のキャリアを思い起こすプロセスでもあります。 ――「花咲舞」シリーズや「半沢直樹」シリーズなど、池井戸作品では登場人物がピンチを切り抜ける過程で、不正や不条理を正したりする場面があります。菊地さんは銀行員時代に大変なピンチをくぐり抜けていると思いますが、作品に勇気付けられたと感じたことはありますか。 私は今までの人生で苦しかったと思う場面が3回あります。1回目は銀行の破綻、2回目はロイヤルホールディングスに転じた時、3回目は新型コロナウイルスのまん延です。3回ともなんとか切り抜けたのですが、そのとき私の周りには必ず助けてくれる仲間がいました。 半沢直樹もそうですよね、同期や取引先の社長に助けられたりして、危機を脱します。困ったとき、助けてくれる人がどこかにいる。切り抜けるために孤独な戦いをするのではなく、仲間と協力する。こういう危機に面したときに人はどうあるべきかを、池井戸作品は示してくれています。そこに多くのビジネスパーソンは共感するのだと思います。 ――世代を問わず、池井戸作品のファンは多くいます。どのようなところに惹き付けられると思いますか。 池井戸さんの作品は、組織と個の関係が丁寧に描かれています。「半沢直樹シリーズ」や『ノーサイド・ゲーム』など、全てそうですよね。 昔はこの組織と個の関係は固着していて一体でした。組織は個を利用し、個は組織に身を委ねる。一方で、現在は両者に距離ができています。 作品の中では、組織と個が固着した関係の中で不正が起き、それを半沢直樹や花咲舞がただす。昔の組織を知る読者は、そこに爽快感と懐かしさを感じるのだと思います。 組織と個が離れている現在は、組織に対する愛着が薄れてしまっている面もあります。今、多くの組織で社員のエンゲージメントを高めることに苦労していますよね。本来、組織も個も、お互いに対して愛着を持ちたいもの。若い世代の読者はもしかしたら、作品で描かれた組織と個の近さや、半沢直樹が見せる組織に対する愛着に、魅力を感じているのかもしれません。 ――誰にでも刺さる魅力が詰まっているのでしょうか。 日債銀時代、頭取の秘書をしていました。その頭取から、『「空気」の研究』(山本七平著)を推薦されました。読むと日本人は空気に支配されやすい国民で、その空気に水を差したくても差せないと書いてある。でも半沢直樹は空気に負けず、お構いなく水を差しますよね。土下座しろって(笑)。だから私たちは、作品に引き込まれるのだと思います。
ダイヤモンド編集部/片田江康男