クレオパトラ3世の夫の命で建設か。古代の神々に彩られた神殿入口を新たに発見
エジプト考古最高評議会とドイツ・テュービンゲン大学の共同チームが、エジプト・ソハーグにあるアトリビスの神殿跡で、神殿の入り口「パイロン」を発見した。 紀元前144年から西暦138年の間に建てられたとされるアトリビスの神殿は古代エジプトにおいて、神ミン・レ、その妻である雌ライオンの女神レピュト、そして彼らの息子である子どもの神コランテスを信仰する拠点だった。敷地面積は29ヘクタールにおよび、その中には塔、集落、採石場、ネクロポリス(古代の墓地)が含まれている。この遺跡の発掘調査は2012年から続けられているが、施設の全容は明らかになっていない。 エジプト考古最高評議会のモハメド・アブデル・バディとテュービンゲン大学のクリスチャン・リッツ率いる調査チームはここ数カ月、敷地内の北の塔に焦点を当てて調査を行った結果、神殿の入り口「パイロン」を発見した。採石によって大部分が失われているものの、パイロンは当時、幅50メートル、高さ17メートルという大きさを誇り、その両側には高さ24メートルの塔があったと推測される。パイロンを調べたところ、レピュトとコランテスに生贄を捧げる王のレリーフを見つけた。 そのヒエログリフを解読すると、紀元前2世紀に統治していたプトレマイオス8世が装飾と塔の建設を担当したことが明らかになった。 プトレマイオス朝エジプトのファラオであるプトレマイオス8世は、政治的洞察力を持っていたが、先王プトレマイオス6世の妻であったクレオパトラ2世、その娘クレオパトラ3世と結婚したことや、相次ぐ戦争と重税に民衆からは支持されなかった。プトレマイオス8世は兄弟姉妹、妻たちと権力争いを繰り広げながら、紀元前171年から死去する紀元前116にかけての54年間に3度にわたって王位に就いている。 また、調査チームはパイロンの2つめの扉の向こうにあった階段と外廊下の先に、長さ約6メートル、幅3メートルの部屋も発見。これは何らかの道具やアンフォラの貯蔵庫として使用されたと考えられている。その入り口はレピュトを象ったレリーフとヒエログリフで装飾されており、反対側のドアには、めったに描かれない2つのデカン(夜の時間の経過を測る星)とともに、豊穣の神ミン、そして鷹とトキの頭部が描かれていた。 今回の成果について、エジプト考古学最高評議会の事務局長であるモハメド・イスマイル・カレド博士は、エジプト観光・古代遺跡省のFacebookで、「画期的な発見」と称えた。 だが調査はこれで終わった訳ではない。リーダーのクリスチャン・リッツは、神殿のメインの入り口はパイロンから少し離れた場所、手つかずの瓦礫の山の後ろにあると考えている。リッツはニューズウィーク誌の取材に対し、「科学技術を用いた本格的な発掘はしばらく続くでしょう。今シーズン中に終わることはありません」と語った。(翻訳:編集部)
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