軽快なタッチの中にぎょっとする人間観察。面白くて怖い作品集!(レビュー)
最高に面白くて怖い作品集だ。 たとえば、「めんや 評論家おことわり」という一編。佐橋ラー油という落ち目のラーメン評論家が語り手だ。ミシュラン二つ星の大人気店「中華そば のぞみ」に入店拒否を食らっているのだ。なぜ? 佐橋は「のぞみ」の先代の味を絶賛したことすらあるのに。「部活帰りに友達の家で、お母さんがチャチャッと作ってくれた醤油ラーメンを思わせる〈中略〉郷愁の味わい」と。 【マンガを読む】「さっきまで柚木さん、ラーメン作ってて…」作家・柚木麻子が新潮社の厨房で粉にまみれに!? 東村アキコがマンガで明かす『あいにくあんたのためじゃない』裏話 そう、この店は二代とも女性が店主。プロの料理に対する佐橋の舐めたコメントからは、職人も評論家も男性が圧倒するラーメン業界の構造がよく窺える。「郷愁」というワードも危うい。古き良きものへのノスタルジーを出してくる政治家や企業人らは、たいてい支配欲が強いものだ。 佐橋もそうだった。彼の運命や、いかに。 「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」という編では、年齢差のある親友同士が主人公だ。若い琴美は国立大法学部への入学が決まっているエリート、「私」は東京で働いたのち地元に戻ってきた四十歳。この町には二十年以上まったく品揃えの変わらない婦人雑貨店「ドゥリヤン」がある。閑古鳥が鳴いているが、あるとき休業したら町が混乱しはじめた! 実はこの店には、女性たちの心の豊かさと連帯を表明し、その安全を守る密かな存在意義があったのだ。目に見えない形で男性の暴力や脅威に攻防戦を張るコミュニティの深層をえぐる名作だ。 作者の洞察眼の鋭さが光るのが「BAKESHOP MIREY’S」。英国式のベイクショップを開くのが夢という女の子に、イギリス留学経験もある女性が力添えをするうちに、自己と他者の境を見失ってしまう。女性は自分の恵まれた環境に罪悪感を抱き、ある行動に出るのだが……。 各編とも、軽快なタッチのなかにぎょっとする人間観察が覗く。柚木麻子の真骨頂だ。 [レビュアー]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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