黒澤明の大傑作「七人の侍」は、海外で今、どう見られているのか。メルボルン鑑賞リポート
映画史にその名を刻む、黒澤明監督による映画「七人の侍」(1954年)。公開70周年を記念した「七人の侍」4K修復版が、筆者が現在住んでいるオーストラリアで10月3日より各地で上映されている。現代のオーストラリアに住む人々の目に、黒澤明監督の傑作はどう映ったのだろうか。 【写真】「パリ、テキサス」など、日本でもファンのある名作と共に上映されている「七人の侍」=梅山富美子撮影
死してなお、世界の映画人に影響を与え続ける黒澤明
本作は、野武士からの襲撃に頭を悩ませる村の農民たちが、侍を雇って対抗しようとする姿を壮大に描く。三船敏郎さん、志村喬さんが主演を務め、当時としては斬新な撮影技法でスペクタクルに繊細に描かれた物語は、第15回ベネツィア国際映画祭で銀獅子賞を獲得。さらに、第29回アカデミー賞では美術賞と衣装デザイン賞にノミネートされた。 世界の映画人に大きな影響を与えることになった「七人の侍」は、70周年という節目で新たに4K修復され、今年のカンヌ国際映画祭で世界初上映された。そして、日本を遠く離れたオーストラリアのキャンベラ、シドニー、ブリスベン、アデレード、メルボルンでも公開される運びとなったのだ。 「七人の侍」を見るのは、約14年ぶり。恥ずかしながらパソコンのデスクトップでDVDを鑑賞したことがあるのみで、初めて見たときは雨の戦闘シーンに圧倒されたが、あまりにせりふが聞こえづらく、途中から日本語の字幕をつけながら見たことが記憶にある。映画館で見るのは初めての機会となった今回、鑑賞したのは、オーストラリア・メルボルンにある映画館「シネマ・ノバ」。独立系映画館である同館は、多様な作品がラインアップされており、日本映画を上映することもしばしば。 鑑賞した日は、同館の割引デーである月曜。7ドル(予約代込みで実質8.5ドル/約870円)と普段の半額以下で映画が見られるということで、映画館は平日の昼間からにぎわっており、平日昼12時30分からの上映回は全90席の座席が4割ほど埋まっていた。
3時間超えの上映時間。席を立つ人はおらず
観客の年齢層はバラバラで、シニア層から20代まで幅広い印象だった。上映が始まると水を打ったように静かに映画を見ていたが、三船さん演じる菊千代が登場すると、シニアの女性2人組が大ハマり。菊千代の喜怒哀楽が激しい大きなリアクションは、わかりやすく笑いにつながっていた様子。 菊千代が馬を乗りこなそうとするも苦戦するシーンでは、一番の笑いが起こっていた。また、少し身勝手な農民の万造(藤原釜足さん)のセコい部分が分かりやすく出ている場面などでつい笑いがこぼれていた。 ほかにも、同じシーンでも人によって違う見方があるのだと驚いたのが、真剣な場面での笑い。若き侍の勝四郎(木村功さん)が、口数が少ない剣客の久蔵(宮口精二さん)に感動して思いを伝える真面目なシーンや、菊千代のラストシーンで笑いがちらほら。勝四郎のためにためるせりふに耐えきれなかったり、菊千代のあっけない最期に、決して嘲笑しているわけではないけれど、驚いて笑ってしまった、といったような反応の人が多かった。 また、DVDで見た時よりも、せりふがはっきりと聞こえたように感じ、多少せりふが聞き取りづらいと思うことがあっても、英語字幕のおかげで物語につまずくことはなかった。ストーリー、結末を知っていても、登場人物たちの感情により深く入り込むことができ、余韻がしばらくあとを引く。初見の時のアクションのイメージより、人間ドラマの印象が強くなった。 上映時間は、203分と3時間超えで、しかも英語字幕だったが、席を立つ人がおらず集中して映画を見ていたのはかなり衝撃だった(とはいえ15分くらい遅れてきた人はいたが)。上映が終わると、声を上げて楽しんで鑑賞していたシニアの2人組は「色あせないスペクタクルな映画」と満足気にシアターをあとにしていた。 少し離れた席で鑑賞していた20代のグループは、大団円とは言えない複雑な感情入り交じる終幕に「これで終わりなの?」といった様子で顔を見合わせていたが、1人が口火を切ると、侍と農民の違いやラストシーンについてなど、はっきりとは聞こえなかったがそれぞれの意見を交わしていた。彼らは帰り際のロビーでもまだ話し込んでおり、片山五郎兵衛(稲葉義男さん)と七郎次(加東大介さん)と林田平八(千秋実さん)を混同してしまったようで、〝七人の侍〟を整理していた。