「無料塾」運営の24歳、生徒に伝えたい言葉「“いい人間”じゃなくていいから」
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
東京・池袋から西武線の急行で1つ目、練馬区の石神井公園駅。駅の北口から5分ほど歩いた住宅街の一角に、毎週火曜日の夕方になると、手書きで「無料塾 Aitie(あいたい)」と記された白い看板が掲げられます。 開いているのは地元出身の湯川愛可さん、2000年生まれの24歳。小さいころはコックさんに憧れていたという湯川さんですが、学生時代に個別指導塾で講師のアルバイトに取り組んだことで、人生が変わります。 大学2年生のあるとき、児童養護施設の女の子を受け持つ機会がありました。児童養護施設では高校生の年齢になった子どもは、通学していないと施設にいられません。「高校に入らないといけない」という必要に迫られ、試験の作文の書き方を学ぶために塾を訪ねてきた15歳、不登校の女の子でした。 しかし、試験に出そうな作文のテーマは、女の子にとってつらいことばかり。 「お父さん、お母さんに感謝することは何ですか?」 「中学時代に頑張ったことは何ですか?」 女の子は、一行の文を書くのがやっとだったと言います。 湯川さんは女の子と交換日記をしたり、一緒に本を読んで感想を言い合ったりしながら、女の子が心に固く閉じ込めていた「感情」を、ゆっくりゆっくり引き出していきました。日に日に表情が豊かになっていく女の子に、湯川さんも仕事の楽しさを感じます。
一方で、他にもさまざまな事情を抱えた生徒さんを受け持った湯川さんは、成績アップや受験の結果が求められる学習塾に「限界」も感じました。湯川さんは大学4年生だった2021年夏、1つの決心をします。 「もっと子どもたちの人生に向き合っていきたい。自分で塾をやろう!」 湯川さんは学習塾で子どもたちとふれ合ったり、自分自身も学生生活を送るなかで感じていたことがありました。それは、「大人になりたくない」と話す子どもが多いことです。加えて、自己肯定感が低い子どもたちも少なくありませんでした。 「大人になって、自分のことを自分で決めて、自分の足で立って生きていくのは、こんなにも楽しいことなのに……」 湯川さんは、就職が内定していた会社に断りの連絡を入れました。そして、子どもたちに自ら自立して生きている姿を見せようと、「無料塾 Aitie」を立ち上げます。塾の名前には、ご自身の名前とネクタイの「tie(タイ)」をかけて、いろいろな人を「結ぶ」という意味を込めました。 無料としたのは現在、決して経済的に豊かではない子育て世帯も多いからです。湯川さんはシングルマザーの家庭で育った子どもの面倒を見たこともありました。一方、育児放棄を受けた子どもたちの「生きる希望」になりたい、軽度の発達障害を抱えた子どもたちの受け皿にもなりたい……そんな考えもありました。