「安倍元総理が撃たれました」現場で目撃した記者が抱えた、得体の知れない不安 1年かけてたどり着いた正体とは
何の変哲も無い街頭演説だった。それなのに、私はその場で感極まっていた。「無事に終わって良かった」。政治活動が安全に行われることがどれだけありがたいことかと実感していた。 この頃から、私は一つの問いを抱くようになった。 「政治家は日々、各地を飛び回って見ず知らずの人の前に立ち、マイク1本で自身の主張を訴える。そこに恐怖はないのだろうか」 今年3月、この問いに答えてくれそうな政治家が奈良を訪れた。 野田佳彦元首相だ。立憲民主党の最高顧問でありながら、昨年10月に国会であった追悼演説では、立場を超えて安倍元首相を悼んだ。その際に「暴力にひるまず、臆さず、街頭に立つ勇気を持ち続けよう」と同僚議員に訴えかけていた。 政治活動の一環で奈良を訪れた野田氏に取材を申し込むと、多忙であるにもかかわらず快く応じてくれた。さっそく思いをぶつけると、野田氏はこう語った。 「私も毎日街頭に立っていますが、ぶつぶつ言っている人が後ろに立っていると緊張が走りますね。でも、民主主義の危機だと思いましたから。ああいう暴力的な行為で言論が屈してはいけないと思いましたのでね。そういうメッセージを込めて訴えたつもりです」
思い詰めた様子もなく淡々と答える姿に、感銘を受けると同時に拍子抜けもした。私が感じた不安は的外れだったのか。思わず首をひねった。 ▽危険に遭遇、ようやく理解 今年4月に実施された春の統一地方選は、昨年の参院選以来となる全国規模での選挙戦となり、各地で舌戦が繰り広げられた。 選挙期間が折り返しを迎えた4月15日、会社での作業中にテレビをつけると目に飛び込んできたのは、岸田文雄首相が応援に入った和歌山市での事件だった。男が取り押さえられた後に爆発音がして聴衆が逃げ惑う。ドーンという大きな音はあの時聴いたものとそっくりだ。一気に鼓動が早くなった。 何が起きたのか、何が爆発したのか、岸田首相や聴衆にけがはないか。画面にかぶりつくようにニュースを見ていた。映像が繰り返し流れるたびにだんだんと気分が悪くなっていった。それでも、新しい情報が入ってこないかが気になって仕方がなかった。 私は、安倍元首相の事件で自分がいかに危険な場面に遭遇していたかを、この時ようやく理解した。当時は状況を記録しようと、カメラを体の前に構えて現場に突進していた。だが、もし爆発物が持ち込まれていたらどうなっていただろうか。爆発物がなくても、安倍元首相を狙った銃弾は90メートル離れた立体駐車場の壁にもめり込んでいた。突進せずにとどまっていたとしても、流れ弾が当たっていれば命はなかった。