志賀直哉に「閉口したな」と評された太宰治が激怒して逆襲…心中一週間前の『斜陽』をめぐる裏話(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「朝食」です *** 〈朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、 「あ」 と幽かな叫び声をお挙げになった〉 没落する旧華族を描いてベストセラーとなった太宰治『斜陽』の冒頭、主人公かず子とその母が伊豆の山荘で朝食をとる場面である。 母は正式のマナーに反するやり方で、無造作かつ軽やかに〈ひらりひらりと、まるで小さな翼のように〉スプーンを扱う。アナーキーともいえる自由さと優雅さが共存する母の存在を強く印象づける描写だ。
この作品について雑誌『文藝』の座談会で「閉口したな」と発言したのが志賀直哉である。「貴族の娘が山だしの女中のような言葉を使うんだ」と、敬語の使い方のおかしさを指摘した。 太宰はこれに激怒し〈「閉口したな」などという卑屈な言葉遣いには、こっちのほうであきれた〉と反論する。山だしの女中のような言葉、と言われたことに対し、志賀の小説「兎」に「うさぎなどお殺せなさいますの」とかいう言葉があると指摘し、〈「お殺せ」いい言葉だねえ。恥しくないか〉と逆襲した。 太宰のこの文章は『新潮』に連載した「如是我聞」第四回にある。さらに志賀への痛罵を書き連ねた太宰は、その最後を〈太宰などお殺せなさいますの? 売り言葉に買い言葉、いくらでも書くつもり〉と締めくくったが、脱稿の一週間後に心中。掲載されたのは没後だった。 [レビュアー]梯久美子(ノンフィクション作家) かけはし・くみこ 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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