全国一の津波高予想の町が「缶詰」生産。マイナス材料を逆手に取って前進
高知県黒潮町は、南海トラフ巨大地震に伴う津波想定で、全国一の34メートルの津波高が予想されたことで、全国に名を知られることになった。もちろん、想定は、対策を進め被害を軽減することを目的に公表されているわけだが、思わぬ副作用も生んでいる。
黒潮町、津波対策におさまらない拡がり
筆者の友人で同町の役場に勤める友永公生さんは、これを「2つのあきらめ」という言葉で表現している。一つは「逃げること」を、もう一つは「町(で暮らすこと)」をあきらめることである。たとえば、「そんな大きな津波が来るならもうだめだ、黙ってお迎えを待ちます」と語る高齢者がいらっしゃる。前者の一例である。また、「子どももいますし、津波の心配のない隣町に引っ越そうかとも考えています…」と話す若いご夫婦は、後者の一例である。 こうしたきびしい現実を前に、同町は、矢継ぎ早に対策を講じてきた。たとえば、避難広場や避難タワーの建設、浸水予想域の全世帯を対象にした個別の「避難カルテ」の作成などは、避難放棄に対する対応である。そのスピード感は全国随一である。しかし、黒潮町の津波対策がすばらしいのは、こうした狭い意味での津波対策におさまらない拡がりをもっている点である。 それが、「缶詰」である。災害時の備蓄品としても活用できる缶詰を生産する工場を、町自身が建設する。すでに小規模な工場が先行的に完成し、試作品の生産を始めている。この工場のユニークな点は、一石二鳥どころか三鳥、四鳥をも視野にいれた多目的性である。
備蓄に有効な缶詰生産で地場食材使用、地域の雇用創出も
まず、缶詰パッケージに記された「34」のロゴ。全国最大の津波想定を逆手にとって、「それが何だ、元気な町を作っていくぞ」という意気込みがそこには込められている。缶詰が災害時の備蓄品として有用であることは、もちろん折り込み済。しかも、缶詰には熟成期間が必要なので、熟成中のストック分を予定の月産量や出荷量から逆算すると、数万食分の備蓄が「特段備蓄ということを意識せずに」できてしまうというメリットがある。 そして、徹底した品質管理。特に、東日本大震災の被災地で、アレルギーの人が辛い思いをしたという視察結果を踏まえてアレルギーフリーの製品に仕上げている。さらに、美食家もうならせる味。「一番しんどい時だから一番美味しいものを」も友永さんの言葉で、筆者も数種類のサンプルを試食させてもらったが、どれもすばらしい味であった。 加えて、地場の食材の使用と地域の雇用創出。カツオやキノコ類など、地元でとれる食材も多数利用されている。産業振興に一役買おうというねらいである。また、試作品工場ですでに数名が新たに雇用されているほか、完工時には50人規模の雇用を目指すという。 実は、黒潮町は、「カツオ漁つながり」で、宮城県気仙沼市と交流があり、友永さんも震災直後から救援活動に出かけた。今回のプランには、その経験も十二分に生かされている。「漁業、缶詰工場、輸送業、そこで働く人たちを支えるサービス業、これらはすべて一体。缶詰工場がしっかりしていれば、被災後の再スタートにもよい」という思いが、計画のベースにある。