戦場の料理人、ウクライナ兵インフルエンサーの「勝利のレシピ」
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【10月20日 AFP】ウクライナ東部ドンバス(Donbas)地方で、迷彩服姿のルスラン・モクリツキーさん(32)は廃虚を背に、戦闘用のナイフで涙をこらえながら懸命に玉ネギを切っていた。 仲間に携帯電話で動画をうまく撮るよう指示を出す。アングルは重要だ。 モクリツキーさんはウクライナ兵のインフルエンサーの一人。彼の活動は、戦闘が続く中でも人々の士気を高めるのに役立っている。動画投稿アプリ「ティックトック(TikTok)」のフォロワー数は13万人を超える。 「指のクローズアップを撮ってくれ」 携帯電話のカメラには慎重に玉ネギの皮をむく手が映し出される。砲弾の破片によってできた傷跡も見えた。AFPが取材した日のメニューは、イタリア料理の定番、アラビアータのパスタだった。 モクリツキーさんのSNSのプロフィルには「戦争の地獄から来た料理人」とある。自身の今の生活を簡潔に言い表している。 ■仲間の精神的な回復にも 撮影の24時間前、モクリツキーさんは東部ドネツク州でのロシア軍との戦闘で、無人機を操縦していた。2022年のロシアによる侵攻以降はずっと前線にいる。 「任務を終えると、メンタルをやられるような悲惨な残像が次々に浮かぶ」とし、「気持ちを切り替える必要があった」と続けた。 映画や音楽鑑賞、読書、散策などで恐怖を紛らわせようとしたが、効果はなかった。 「ある時、フライドポテトを作っているところを撮影してみたら面白いかもと思った」と言うモクリツキーさん。この動画のアイデアには予想以上の反応があり、視聴回数は300万回に達した。 これをきっかけに同じ部隊の仲間を巻き込み、各自が自分の妻にレシピのアイデアを求めるようにもなった。 「みんなが冗談を飛ばす」ようになり、自分だけでなく、仲間にとっても精神的によい影響があるということに気付いたという。 撮影を手伝う同じ部隊のイワンさん(25)もこの気分転換を楽しんでいる。「ルスランを撮影している時は、戦争のことは考えない」と言い、おいしい食事にもありつけると笑顔を見せた。 ■ロシア人も見ている ティックトックに動画を投稿することで市民生活とのつながりを保つことができるだけでなく、東部で活動する兵士の生活を、家族を含め、市民に知らせる手段にもなっている。 モクリツキーさんは、「家族との連絡がないと正気を失いかねない」と言う。 侵攻が始まった当初は、市民もさまざまな寄付で兵士を支えていたが、2年半以上が経過し、今はそうした支援も途絶えた。 それでも、自分の動画がウクライナの人々の士気を保つのに貢献し、さらには、敵側のウクライナに対する固定観念を打破するのにも役立っているかもしれないと考え、活動を続けている。 こうした側面は、兵士として過酷な任務を果たしながらも、動画チャンネルを運営するモチベーションの一つにもなっている。 「ロシア人も、私の動画を見ている」とモクリツキーさんは言う。 ロシア政府は、ウクライナの「非ナチ化」を侵攻の目的に掲げている。「(動画チャンネルを通じて)彼らの目に映る私たちは、自国を守っている普通の人間。ファシストでも何でもない」 廃虚にパルメザンチーズの香りが広がる。モクリツキーさんが戦友のために出来立てのパスタをプラスチック皿に盛り付けると、兵士らの顔に笑みが広がった。(c)AFPBB News