『光る君へ』は大石静の描く“生きた物語” まひろと道長を繋ぐ、月の演出を読み解く
「作家がどうやって物語を作るのか」を描く初めての大河ドラマ
続いて、第31回で描かれた『源氏物語』誕生秘話。まひろは、まず作品作りをする上で、一度『枕草子』を批評的思考で見つめ直すところから始めた。さらにまひろは、惟規(高杉真宙)相手に自己分析をし、自分の強みのようなものを掴む。そうして書き始めたのが、『源氏物語』だった。「いづれの御時にか」で始まる、これまで本作で描かれてきた一条天皇(塩野瑛久)と定子(高畑充希)の物語を髣髴とさせる一節、つまりは、『源氏物語』の1帖「桐壺」が該当する。「桐壺」は帝に深く愛されている桐壺更衣という女性が、女御たちに嫉妬され、病の末に死んでしまい、そのことを帝が深く悲しむところから始まる。 つまり、まひろは、ききょう(ファーストサマーウイカ)が敢えて見て見ぬふりをした帝と定子の物語の「影の部分」に焦点を当てることで、「桐壺」を生みだしたのだという解釈がそこに生まれるのである。この『枕草子』を意識した上で出来上がった『源氏物語』という構図は、伊周(三浦翔平)や道長など、男性陣の政への思惑が密接に絡んでいて、ききょうとまひろの今後の関係にも影響しそうで、それもまた興味深い。 第31回には、そこここに、『源氏物語』と『光る君へ』の物語の断片が散りばめられている。「帝が御誕生された時、それはそれは美しいおのこでありました」から始まる、道長が実際に見てきて、まひろは知らない「帝の生身のお姿」を示すエピソードはそれこそ、これまで視聴者が観てきた本作の帝サイドの物語である。そして話の最中、本作において度々登場する空の鳥籠が揺れる。思い起こさずにはいられないのは、第1回のまひろ(落井実結子)と三郎(木村皐誠)の出会いであり、さらに言えば『源氏物語』の5帖「若紫」のにおける「籠を伏せてちゃんと入れておいたのに、雀の子を犬君が逃がしてしまった」と言う少女を光君が見かける場面であるとも言えるだろう。 その後の道長とまひろの会話の随所に、これまでの本作を構成する主要な要素がちりばめられている。例えば、第4回における宣孝(佐々木蔵之介)の「それは人だから」という言葉。そして、道長とまひろの忘れられない友人・直秀(毎熊克哉)と、彼が言った「おかしきことこそめでたけれ」という言葉。まひろが見聞きし、経験したことすべてが繋がって、彼女の中に『源氏物語』が生まれた。 これほど「作家がどうやって物語を作るのか」が丹念に描かれた大河ドラマもそうないだろう。まひろの言葉を借りれば、大石静の描くこの「物語は生きている」。千年愛され続けた『源氏物語』もまた。この先、密接に絡み合う2つの物語は、一体どんな景色を見せてくれるのか。
藤原奈緒