データドリブン思考を身につける
■暗黙知のプロセスを形式知化する なぜ、データドリブンな意思決定プロセスを設計することは難しいのでしょうか。それは、現状の勘と経験に頼った意思決定プロセス、すなわち、判断や決定の生産方法が暗黙知になっているからです。 暗黙知とは、「経験や勘、直感などに基づく知識」「簡単に言語化できない知識」「言語化しても、その意味が簡単には伝わらない知識」「個々人が言葉にされていないものとして保持している知識」のことで、経験的知識とも呼ばれるものです。 例えば、スーパーマーケットの店長に「発注量をどうやって決めているのですか」と聞いても、「昨年の同月の販売量をベースにしながら、足元の状況も鑑みて決めている」といった漠然とした答えしか返ってきません。メンテナンス担当者に「修理すべき部品はどうやって決めているのですか」と聞いても、「ここの部位の温度推移を見ていたら、経験的に、どの部品を修理すべきか分かるんだよ」といった漠然とした答えしか返ってきません。 これはビジネスに限ったことではありません。皆さん自身も、普段の生活において多くの意思決定を行っていますが、その大半のプロセスは暗黙知です。例えば、朝出かけるときに、傘を持っていくかどうか、皆さんはどうやって決めているでしょうか。多くの方は、天気予報の降水確率を見て判断されていると思います。ただ、降水確率が何%以上ならば傘を持っていくと決めている人は少ないのではないでしょうか。その場合、降水確率を見て傘を持っていくかどうか決めるプロセスは暗黙知になっているのです。 一方、形式知とは、文章や計算式、図表などで説明できる知識のことで、別名、明示的知識とも呼ばれます。データ分析は、コンピュータを使って解くものです。コンピュータで解くには、「何を解きたいか」を数式で表現できるほど厳密に定義できていなければなりません。すなわち、データ分析とは、数式という究極の形式知の世界での思考ツールなのです。 つまり、意思決定プロセスが暗黙知のままでは、形式知の世界での思考ツールであるデータ分析は意思決定プロセスに組み込めないのです。データ分析というピースを意思決定プロセスに組み込むには、まず、意思決定プロセスを形式知化しなければならないのです(図表2-1参照)。すなわち、データ分析で解けるほどの論理的に定義されたプロセスとして「成形」しなければならないのです。 あるいは、自動車組み立て工場に例えて説明してみましょう(図表2-2参照)。序章でも取り上げた非現実的な例になりますが、明治時代に自動車組み立て工場があったとしましょう。この組み立て工場では、作業員が勘と経験で組み立て、また、作業員と作業員は阿吽の呼吸で協力し合っています。そのような工場に、ある日、産業用ロボットの営業がやってきました。皆さんは、この工場に産業用ロボットを導入できると思うでしょうか。導入できないですよね。 では、なぜ導入できないのでしょうか。それは、産業用ロボットを導入するには、予めどのような工程を産業用ロボットが担うかを形式知化しなければなりませんが、この工場では組み立て工程が作業員の暗黙知になっているからです。このような工場に産業用ロボットを導入するには、まず、組み立てプロセスをモジュールに分割し、各モジュールにおける作業内容について、形式知化していなければなりません。 産業用ロボットという形式知の世界の道具を使うには、予め組み立てプロセスを形式知化しなければならないように、データ分析という形式知の世界の道具を使うには、予め意思決定プロセスをモジュールに分割し、形式知化しなければならないのです。
河本 薫