映画『ミッシング』:誰も見たことのない石原さとみ 圧倒的リアリズムが映す社会の空気
稲垣 貴俊
女優・石原さとみがタッグを熱望したのは、『空白』(2021)や『ヒメアノ~ル』(16)の鬼才監督・吉田恵輔だった。映画『ミッシング』では失踪した幼い娘を探す母親という難役に挑み、誰も見たことのない姿をスクリーンに刻みつけている。その圧倒的なリアリズムで紡がれるのは、限界ぎりぎりの人間たちと、彼女らを取り巻く社会の空気だ。 ※吉田恵輔監督の「吉」の正式表記は「つちよし」
追いつめられた人間は、かくも鬼気迫る表情を浮かべ、かくも恐ろしい音を身体の内側から響かせるのか──。映画『ミッシング』が描き出すのは、あらゆる意味で極限状態に置かれた人びとの深層に切り込んだ痛切なヒューマンドラマだ。監督・脚本の吉田恵輔は、登場人物を一切の手加減なく追い込んでいく。そこに生やさしい共感や同情はない。 ある街で少女・美羽が失踪した。母親の沙織里(石原さとみ)と、父親の豊(青木崇高)は消息を追って懸命に情報を集めているが、なかなか警察の捜査に進展はない。頼りになるのは、事件からずっと家族の取材を続ける地元テレビ局の記者・砂田(中村倫也)のみ。ところが、番組が放送されてもめぼしい情報は入らないままだ。個人的に情報提供を呼びかけるも、届いた知らせのなかに有力な内容はなかった。
失踪前、美羽と最後に会っていたのは沙織里の弟・圭吾(森優作)だ。しかし、事件当日の圭吾の行動には不審な点があり、証言も不明瞭で、世間では圭吾を疑う声が上がっていた。いまや沙織里との姉弟関係は完全に壊れてしまい、2人はまともにコミュニケーションを取ることさえできなくなっている。 当の沙織里もまた、事件当日は“推し”のライブに足を運んでおり、娘の失踪に気づけなかったことを後悔していた。インターネットで「無責任」「育児放棄」と激しい誹謗中傷を受けながらも、沙織里はそれらの書き込みから目を離せず、自分を心配する豊の言葉にも耳を傾けなくなりつつある。夫の態度にも不信感を抱くようになり、夫婦関係に亀裂が入りはじめていたのだ。 そのころ、沙織里たちの取材を続ける砂田は、より視聴者をひきつける企画と内容を上層部から求められるようになっていた。ジャーナリストとしてあるべき取材をするか、テレビ局の意向に沿うか、それとも沙織里たち家族を一番に考えるのか? 砂田の葛藤と報道が、事件と関係者たちにさらなる波乱を巻き起こしていく。