『異人たち』アンドリュー・ヘイ監督 観終わってもずっと作品が心に留まっていてほしい【Director’s Interview Vol.399】
歌詞の真の意味に気づいて選曲
Q:そしてこの『異人たち』は使用される楽曲もストーリーに深くリンクします。アダムが両親と過ごした1980年代の曲が多くセレクトされていますね。 ヘイ:使用する曲は脚本の段階から決めていました。私にとって音楽は、特定の時代にタイムトラベルさせるツールなのです。曲を聴けば、それを聴いた時代へと心が戻ります。私は80年代にフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのアルバムを買い、その中の「パワー・オブ・ラヴ」を何度も聴き続けました。ただ当時は歌詞の真の意味を理解していなかったのです。後にこの曲は、エイズ危機の真っ只中にクィアのバンドによって書かれた、壮大でオペラ的なクィア・ラヴソングだったと気づきました。それを私が愛し続けてきたことには意味があり、幸福感に溢れた歌詞に潜む悲壮感や危機感というコントラストが本作にふさわしいと思ったのです。 Q:前作の『荒野にて』も、その前の『さざなみ』も、ラストシーンで映し出される主人公の表情が、映画を観ているわれわれの想像力を激しく刺激してきました。『異人たち』は人物の表情ではないですが、こちらの想像力を試すような結末を迎えます。これはあなたの映画の特徴なのですか? ヘイ:そのとおりですね。観終わってもしばらく、その映画が心の中に存在し続ける……。それが私の理想です。スクリーン上で展開された世界と、観た人の夢が渾然一体となり、その残滓が留まり続けてほしい。わかりやすい終わり方にしないことでフラストレーションが溜まる人もいるかもしれませんが、それはそれでいいと思うのです。 Q:『荒野にて』で話を聞いた時、敬愛する監督としてイングマール・ベルイマンやミケランジェロ・アントニオーニの名前を挙げてくれましたが、現在は影響を受けている監督はいますか? ヘイ:映画を一作ずつ手がけるごとに、自分の道を切り開いている感覚があるので、『異人たち』では他の映画、他の映画作家からの影響を考えず、自分が何を表現したいのかに徹しました。より自分のフィーリングに集中したのです。もちろんこれまで敬愛してきた監督たちは今でも大好きです。ただ自分の映画作りにおいて自分の声は何なのかを見つけるようになったのも事実で、映画を作るたびに、先人から受けた恩恵が少しずつ薄らいでいる気がします。 Q:では最後に、日本の小説を映画化したことで、改めて日本人と英国人の感性の共通点に気づいたかどうか聞かせてください。 ヘイ:私は日本へ行ったことがありませんし、日本の文化を理解していると言える立場でもないので、日本と英国の共通点を説明するのは難しいです。ただ山田さんの小説を読んで、家族との関係や、主人公が抱える孤独感には深く共鳴できました。東京やロンドンという大都会で感じる疎外感、孤独感は似ているのでしょう。そのうえで日本と英国の国民性の近さを挙げるなら、愛や喪失、家族などの問題を語る際に、どちらの国の人も感情表現が苦手という点ですかね。家族への思いを伝えるのに、私たち英国人もどこか難しさを感じます。じつは私の弟のガールフレンドが日本人なのですが、この点に彼女は同意してくれるので、「やはりそうなのか」と納得しました。 監督/脚本:アンドリュー・ヘイ 受賞歴のあるイギリスの監督、脚本家。手がけた作品に、『荒野にて』(17)、『さざなみ』(15)、そして『WEEKEND ウィークエンド』(11)などがある。また、ジョナサン・グロフとマーレイ・バートレットが出演したHBO作品「Looking/ルッキング」(14~16)では、製作総指揮と脚本・監督を務めた。最近のテレビプロジェクトに、BBC&AMCの5部編成作品「北氷洋」(21)がある。 取材・文:斉藤博昭 1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。 『異人たち』 4月19日(金)公開 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン (C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
斉藤博昭
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