最新の物理学でもいまだに解明できていない「摩擦力」…実はよくわかっていない「摩擦」のしくみ
物理に挫折したあなたに――。 読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。 【写真】ほぼ何もわかってないため大学では教えられることのない「摩擦力」 本記事では力学編から、摩擦力についてくわしくみていきます。 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。
実はよくわかっていない摩擦のしくみ
摩擦力は高校物理ではいつも微妙な立ち位置にあるように思う。重力、静電気力などの物理法則に根ざした基本的な力ではないのに、力学には早々に登場し、多くの演習問題で八面六臂の活躍を見せる。 しかし、この摩擦力が曲者で、最新の物理学でも、この摩擦力がいまだに解明できていない。 高校で学ぶ摩擦力には、物体が静止しているときに働く「静止摩擦力」と物体が動いているときに作用する「動摩擦力」とがある。 たとえば、台所にある大きな冷蔵庫を動かそうとするとき(しかし動かないとき)に生じる床との摩擦は、静止摩擦力であり、カーリングで投じる石と氷の間に発生するのが動摩擦力となる。だが、実際のところ、いずれの摩擦力も、本当の意味での「力」とは言いがたい。 静止摩擦力から順に考えてみよう。静止摩擦力は、実は値すら決まってはいない。静止摩擦力は、物体に外から力が加わったときにそれが動き出さないように逆向きに働く同じ大きさの力だ。だから、外からどんな力が加わるかわからないと大きさもわからない。 なんだかミステリアスで特別な力のようだが、このような「外から加わった力で何かが動かないように作用する反対向きの同じ大きさの力」というのは何も静止摩擦力に限った話ではない。 たとえば、あなたが壁を思いっきり押したとしよう。しかし、壁はびくともしない。それは、あなたが壁に対して及ぼしている力とまったく同じ大きさの力を建物が壁に及ぼしているからだ。でも、そのような力に何かしら特別な名前をつけたいと思う人はきっと少ないだろう(強いて言えば、「壁力」? )。 しかし、静止摩擦力だけは特別な名前を与えられている。壁を押したときに、壁が動かないように構造物である建物から受ける逆向きの同じ大きさの力には名前がついていないのに、静止摩擦力には特別な名前がついているのは謎というしかない。 実際のところ、物理学では静止摩擦力はあまりよく解明されていない。どういう物質にどういう条件で接するとどんな静止摩擦力が生じるかを、実験を使わずに理論的に推定する方法はない。それどころか、物体間に働いている摩擦力を計算する方法さえないのである。 下の図は摩擦力が決まらない例である。3つの球がそれぞれ2ヵ所で接するように置かれていて、静止している。●で示した3ヵ所で力が発生する。重力は緑色の一点鎖線で、静止摩擦力は赤い破線で、押し合う力(抗力)は青い実線で表記されている。 力が釣り合って静止するためには、力の大きさと向きを表す矢印をつないで一周して元に戻ってくる、つまり、力を全部足すとゼロになることが求められる(左下の球は右下の球と左右対称なので省略した)。 この条件さえ満たせば、3つの球が静止状態にとどまるのだが、なぜか静止摩擦力は求めることができない。条件を満たす静止摩擦力は無数に存在するからだ。たとえば、上図のような2つのパターンが考えられる。図の左側は、球と球の間には摩擦力が働かず、床と球の間にだけ静止摩擦力が働く場合、右側は球と球の間にも静止摩擦力が働く場合である。力の働き方はまったく違うがどちらも力が釣り合うので静止するし、どちらが正しいと決める方法はない。 静止摩擦力は最大静止摩擦力を超えなければどんな値でもとれる。さらに左右、いずれの方向もありうるので、単に「釣り合って止まっている」というだけではどちらが正しいか決める方法は存在しない。 このため現在でも、実際に球と球の間に働いている力を可視化する偏光顕微鏡が現役で活躍している。 * さらに【つづき】〈ほぼ何もわかってないため大学では教えられることのない「摩擦力」がこれほどまでに高校物理に頻繁に出現するのはなぜか? 〉では、動摩擦力についてくわしくみていく。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)