「人間の根源的な悪を見た。」社会への絶望を小説に昇華した『半暮刻』著者の月村了衛が語る
『香港警察東京分室』で直木賞候補初選出となった月村了衛氏が最新作『半暮刻』を上梓した。本作は、罪を犯した2人の若者を通して、現代日本に蔓延る「真の悪」が浮き彫りになる社会派小説。発売前から読書メーターとブクログで1位を獲得し、書店員からも絶賛の声が届いていた。 作品内の出来事は実際に起きた事件を彷彿とさせ、小説でありながらノンフィクションのよう。我々日本人が目を背けていたものに気付かせてくれる作品だ。果たして、本作はどのようにして生まれたのか、月村氏にお話を伺った。 取材・文=門賀美央子 撮影=川口宗道 ***
■半グレのドキュメンタリー番組で垣間見えた“人間の根源的な悪”を表現してみたかった
──本作は、二人の若者の生き様を通じて現代社会にはびこる欺瞞や歪み、そして根源的な悪を問いかける作品になっていますが、まずは着想のきっかけから伺えますか。 月村了衛(以下=月村):きっかけは以前見た“半グレ”に関するドキュメンタリー番組です。そこに登場した加害者の若者は、数多くの被害者を出したにもかかわらず、反省するどころか「この経験を生かして次のステップアップに繋げたい」というようなことを平気で言ってのけていました。おのずと怒りがわきましたが、それ以上に“人間の根源的な悪”を見たように感じ、小説としてそれを表現してみたいと思ったんです。 ──月村さんは「権力に近いがゆえに不問に付されている社会悪」に鋭く迫る作品を書いてこられました。本作もまたその流れの中にあるものでしょうか。 月村:不公正への怒りが根底にあるのは間違いありません。ですが、最近はそれらを物語ることより「どう表現するか」に強い関心を持つようになりました。本作も、物語の基本ラインとなるプロットは割とすんなり書けたんです。編集者からもすぐにOKが出ました。でも、自分で「ちょっと待てよ」と引っかかったんですね。これをこのまま書いていくこと自体は可能である。だが、何かが足りない、と。書くための内的必然性のようなものが今ひとつ見えてこなかったんです。私はプロの小説家ですから、そこが見えないままでも書けるには書けます。しかし、それでは単なる“お仕事”になってしまう。 そこで、本当に申し訳なかったのですが、担当編集者にもう一回打ち合わせをやらせてほしいとお願いをして、「本作を書き始めるにあたってまだ見いだせていないものがある」というところから話を聞いてもらいました。すると、ふとした拍子に重要なコンセプトがわいてきたんです。どうやら私は喋っているうちに頭が活性化するタイプみたいで。もちろんそれは編集者がうまく受け止めて返してくれるからこそなんですけども。おかげでようやく本作の核を捉まえられ、翌日から猛然と書きだしました。 ──本作の主人公である翔太と海斗の二人は、若者ゆえの未熟さから気軽に罪に手を染めます。その起点となる罪には現実の事件が色濃く反映されていました。 月村:そこが面白いという方もいれば、全く逆の意見を持つ方もいらっしゃるとは思います。ただ、作家にとっては、それはわりとどうでもいいところなんです。現実に触発されて書いているのは確かですけども、ただ現実をなぞるだけならノンフィクションなど他の表現形態も取り得るわけです。しかし、私が書くのはあくまで小説です。よって、現実はあくまでベースであって、細部は加工しています。大事なのは本当に伝えたいことを、モチーフを通していかに伝えるか、です。最大限の効果を出すためにはどうすればいいのかを考えながら執筆していました。 ──事件のディテールがあまりにも鮮明で、かなりディープなところまで取材をされたのではないかという感触も受けたのですが。 月村:今回はそれほどでもないですよ。たとえば『東京輪舞』の時なんかは「公安から見た昭和史」というコンセプトがあったので、対象となる事件がありすぎて、もうどれを取ってもそれだけで1冊書けるでしょっていうほどのネタのオンパレードでした。だから集めた資料だけでも通常の5、6倍になってしまってもう大変だったんですが、本作に関してはその手の苦労はほとんどなかったですね。もっとも、担当編集者に取材していただいたネタはいくつかあって、それらは最大限取り入れつつ書いてはいるんですけども。 ──どうかするとマスコミ的タブーに触れかねないエピソードもありました。正直、これ大丈夫なのかな? と思った部分もあったぐらいです。 月村:それに関して言えば、私はこれまでいろんな媒体で作品を書いてきましたが、都度おもしろい経験をしています。本作を連載していた「週刊大衆」でほぼ全部の週刊誌を制覇したことになるんですけども、出版各社によってNG対象が違うんです。外部からでは絶対わからない事情によって触れられない部分があったりしてね。そこはとても興味深い(笑)。でも、そういうのとは別に、この作品は謝辞など一切書けないんですよ。担当編集者が名前や身分など一切表に出せないような方々に取材をしてくれた内容を反映しておりますので。 ──どんな人たちなのか興味津々ですが触れないほうがよさそうですね(笑)。