【#佐藤優のシン世界地図探索70】イランの核兵器と弱くなったイスラエル軍の関係
佐藤 そんなものには限界があります。最先端の所で、やはり軍の仕事に特化した精鋭が必要です。だから、政府、軍全体が構造的に弱くなっているわけです。 ――その辺りもハマス戦の苦戦に表れているのか......。佐藤さんは今まで、数十年間に渡ってイスラエルに行っています。現在の現地の緊張感や焦りといったものはどんな感じなのですか? 佐藤 これまでで一番、緊張しています。皆からそれをヒシヒシと感じています。 ――やはり、建国以来の最大の危機だと。佐藤さんのレポートに、あるイスラエル人の言葉がありました。『ヨーロッパに我々(ユダヤ人)がいられないから、ここに建国したんだ』。この言葉は重いですね。 佐藤 その通りです。民主的な選挙で選ばれた国のトップが、テロ集団であるハマスの指導者と一緒に国際刑事裁判所から逮捕請求されているんですから。イカれた状況じゃないですか。 ――日本の報道では、西欧の考え方が民主主義的な代表の意見だとされてますが、違いますよね? 佐藤 全然違います。大体、ガザからの映像なんてハマス以外が取材できると思いますか? ――カタールの衛星放送局「アルジャジーラ」で使用している映像ですね。 佐藤 イスラエルがアルジャジーラ支局を封鎖するのも当然ですよ。戦争中に敵側の宣伝放送を認める、そんな間抜けな国なんてどこにもないわけです。 ――確かに。要するにこれですよね。佐藤さんの書いた『みるとす』2024年8月号から引用します。京都大学に6年間通ったイスラエル生まれのヤナイ・ゲバ氏との会話を、外務省公電の形式で紹介した部分です。 『3.(1)アメリカのアイビーリーグスなどの名門大学では、パレスチナ人を支援し、イスラエルを非難する活動が活発になっているが、これらエリート大学の学生は、ユダヤ人の複雑な歴史をわかろうとしていない。ユダヤ人の歴史はTikTokやユーチューブショートで10秒間動画を見たからといって理解できるものではない。 (2)動画には、パレスチナ人の子供が泣き叫んでいる姿が映される。その背後にはイスラエル軍の攻撃による廃墟が映っている。人々の思考はこのような動画により感情を刺激されることで形成される。 (3)さらにソーシャルメディアは適切なアルゴリズムを組むことによって、かなりの程度まで人間の感情を支配し、別の世界を作り出すことができる。ここでは、事実よりも、発信者の考える真実が重要になる。アルジャジーラが作成した優れたビデオ1本で事実をひっくり返すことができる。標的とした人々の心を揺さぶるナラティヴ(物語)を作る者が情報戦で勝利する。』 これ、東京都知事選で蓮舫候補に勝ち、2位になった石丸伸二候補の選挙手法に酷似しています。情報戦が巧みなイスラエル各情報機関は、なぜうまく対応できないのでしょうか? 佐藤 ソーシャルメディアのプラットフォームをイスラエルが握っていないからです。 ――大局を見ると、先月行なわれたイラン大統領選挙で改革派が勝利し、サウジアラビアが「関係深化に期待」と言っています。これに関して佐藤さんはどう見ているんですか? 佐藤 イランが核開発することは変わりません。そしてイスラエルは、いまのところは不必要な戦争はしません。イランがいま戦争をしないのは、イスラエルに負けるからです。 ――すると、両国とも力を蓄えることに邁進(まいしん)するのですか? 佐藤 そういうことです。力を蓄えるために役に立つことは何でもします。イスラエルは、サウジとの関係を改善して力を蓄えること、そしてサウジとの良好な関係を死守しようと考えているでしょうね。 次回へ続く。次回の配信は2024年8月16日(金)予定です。 取材・文/小峯隆生