「大変な宝探しになる」和歌山毒物カレー事件の毒物を、林眞須美死刑囚の家の配管から発見した男の執念
---------- 30年を超える記者生活で警察庁・警視庁・大阪府警をはじめ全国の警察に深い人脈を築き、重大事件を追ってきた記者・甲斐竜一朗が明らかにする刑事捜査の最前線。最新著書『刑事捜査の最前線』より一部を連載形式で紹介! ---------- 「毒物列島」と呼ばれた時代に科捜研にいたプロたち
「和歌山毒物カレー事件」でもヒ素を特定
1998年7月26日午前。服藤恵三は警視庁6階にある捜査1課に出勤していた。電話が鳴った。警察庁捜査1課の特殊事件担当課長補佐の有働俊明からだ。有働は当時、警視庁から警察庁に出向していた。のちに警視庁の捜査1課長に就任する。警視庁捜査1課には通算で20年近く所属した“たたき上げ”の刑事だ。前日、和歌山市の自治会夏祭りで4人が死亡する毒物カレー事件が発生しており、専門家である服藤に毒物の鑑定について聞いてきた。 夏祭りは25日午後6時ごろ始まり、午後7時過ぎに119番通報が入る。カレーを食べた約60人が緊急搬送され、当初は食中毒とされた。だが、26日午前にかけて児童ら4人が死亡する。和歌山県警には午前6時ごろ、科捜研から「吐瀉物から青酸化合物が検出された」と報告が上がり、無差別の殺人事件とみて和歌山東署に捜査本部が設置された。4人の死因は「青酸中毒」「青酸中毒の疑い」となったが、原因が食中毒ではなく青酸化合物と特定されるまで最初の死者が出てから6時間半かかったことで批判の声が上がっていた。 有働の質問は、青酸の鑑定はそのぐらいの時間を必要とするのか、というものだった。服藤は「青酸の鑑定は蒸留法を使い、そのときに試薬を作ったりするので5~6時間かかってもおかしくない」と説明、いったん問答は終了したが、翌日になり再び有働から電話が入る。「あれ青酸でいいんだよな?」。その質問に対する服藤の答えは次のようなものだった。 それまで青酸については自殺や事件で何度も鑑定し、現場にも行ったが、現場に遺体がなかったケースは経験したことがない。青酸はそれほど速効性のある毒物。報道を見ていると、被害者は翌朝にかけて嘔吐したりして徐々に症状が悪化して亡くなっている。これはヒ素の中毒症状によく似ている。 服藤の提案もあり、毒物カレー事件の資料が警察庁の附属機関である科学警察研究所(科警研)にも持ち込まれた。科警研は、都道府県警の科捜研職員に対して専門分野ごとに研修や指導を行うなど、科学捜査についてより高度な専門知識や技術を有する研究職員が従事している。鑑定のための資機材も都道府県警の科捜研より充実している。