マリア・カラスに通じる匠の技 「オペラ界の新女王」アスミク・グリゴリアンがまもなく来日
「オペラ界の新女王」の呼び声も高いソプラノ、アスミク・グリゴリアンがまもなく来日する。リトアニア出身の歌姫が、オーケストラと共に魅惑のオペラ・プログラムを歌い上げてくれる! その中身が、今の彼女の魅力を十二分に表している。簡単に紹介しよう。 まもなく来日するアスミク・グリゴリアン 2回の公演とも、前半はドヴォルザークの歌劇「ルサルカ」から〈月に寄せる歌〉で始まる。彼女の十八番中の十八番とも言えるアリアは、王子に恋するヒロインの妖精の健気な祈りの歌。これは間違いなく絶品だ。そしてチャイコフスキーの「スペードの女王」から〈ああ、悲しみで疲れ切ってしまった〉。身分違いの恋に悩み疲れた主人公が歌うロマンとドラマに満ちた歌……が続く。 プログラム後半は5月15日(水) のAプロが、おなじみだが対照的な2曲、劇的アリア〈ある晴れた日に〉や抒情的な〈私のお父さん〉などプッチーニの名曲。17日(金) のBプロは、歌劇「エレクトラ」や「サロメ」といった強靭な声の響きの極致と言うべきR・シュトラウスの歌で彩られている。ちなみに「サロメ」は彼女が7年前のザルツブルク音楽祭で歌って大成功を収め、一気に世界的注目を集めるようになった伝説の演目だ。それにしても2日間のプログラムを比べると、歌手に要求される表現力がだいぶ異なるのがお分かりだろうか? 「えっ?こんなにキャラクターの異なる複数のアリアをひとりで歌えるの?」と言う声が聞こえてきそうだが、それこそがグリゴリアンの魅力。2オクターブの音域の中で「軽く最も高い声」「落ち着いた抒情的な表情」「強靭さを備えた声」「中低音域の力強さを備えた声」といったソプラノの異なる要素を、歌や役柄に応じて使い分けることが出来る稀有な歌手なのだ。だから、恋人を夢見る水の妖精の可憐なる心情も、倒錯のあげく生首に口づけをする王女サロメの狂気と激情も自在に表現できるというわけ。 彼女の持ち味は高くて明るさ一辺倒ではない、少し陰のある美声。そしてドラマチックな場面でも過度に張り上げたり叫ぶことなく深い感情表現ができる完ぺきな声のコントロール。これは、あのマリア・カラスに通じる匠の技である。加えてステージに立った時の視覚的な美しさも半端ない。すらりとした体型と美貌に恵まれ、演技力も確か。2017年にザルツブルク音楽祭にデビューすると聴衆は熱狂、たちまちスター街道を歩み始め、いまや世界的プリマ・ドンナのひとりとして時の人となった次第。 『求められるものが全く異なる役のすべてに、完璧なテクニックと美声、そして究極の表現力を発揮』する彼女は、間違いなく時代を創り人々に語り継がれてゆく歌手。これほどの歌声と姿は、映像や録音ではなく生でこそ味わいたい。来日してオーケストラとの初のソロでの共演となればなおさらだ。 歌は勿論だが、そのまなざし、表情や所作や歩き方に至るまで卓越したオペラ・アーティストだけが持つ美の世界に酔いしれること間違いない。 文:朝岡聡 <プロフィール> あさおか・さとし。フリーアナウンサー、コンサートソムリエ。テレビ朝日時代は「ニュースステーション」やスポーツ中継を担当。フリーになってからはTV・ラジオ・CMに加え、クラシックやオペラのコンサートの企画・司会にもフィールドを広げて活動中。特にバロックからベルカントのオペラフリーク。著書に「いくぞ!オペラな街」(小学館)、「恋とはどんなものかしら~歌劇的恋愛のカタチ~」(東京新聞)など。日本ロッシーニ協会副会長/日本音楽教育文化振興会理事/東京藝術大学客員教授。 <公演情報> NBS旬の名歌手シリーズ2024-III アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート Aプロ:2024年5月15日(水) 19:00 Bプロ:2024年5月17日(金) 19:00 会場:東京文化会館 指揮:カレン・ドゥルガリャン 演奏:東京フィルハーモニー交響楽団 <Aプロ> ロマンティック・アリアの夕べ 【第一部】 アントニン・ドヴォルザーク作曲 ―歌劇「ルサルカ」 序曲* “月に寄せる歌” ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲 ―弦楽のためのエレジー「イワン・サマーリンの思い出」* ―歌劇「エフゲニー・オネーギン」 タチアーナの手紙の場 “私は死んでも良いのです” ポロネーズ * ―歌劇「スペードの女王」 “もうかれこれ真夜中...ああ、悲しみで疲れ切ってしまった” アルメン・ティグラニアン作曲 ―歌劇「アヌッシュ」 “かつて柳の木があった” 【第二部】 ジャコモ・プッチーニ作曲 ―歌劇「マノン・レスコー」 “捨てられて、ひとり寂しく” 間奏曲* ―歌劇「蝶々夫人」 “ある晴れた日に” ―「菊」* ―歌劇「ジャンニ・スキッキ」 “わたしのお父さま” ―歌劇「トゥーランドット」 “氷のような姫君の心も” <Bプロ> ドラマティック・アリアの夕べ 【第一部】 アントニン・ドヴォルザーク作曲 ―歌劇「ルサルカ」 序曲* “月に寄せる歌” ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲 ―弦楽のためのエレジー「イワン・サマーリンの思い出」* ―歌劇「エフゲニー・オネーギン」 タチアーナの手紙の場 “私は死んでも良いのです” ポロネーズ * ―歌劇「スペードの女王」 “もうかれこれ真夜中...ああ、悲しみで疲れ切ってしまった” アルメン・ティグラニアン作曲 ―歌劇「アヌッシュ」 “かつて柳の木があった” 【第二部】 アラム・ハチャトゥリアン作曲 ―「スパルタクス」 スパルタクスとフリーギアのアダージオ* リヒャルト・シュトラウス作曲 ―楽劇「エレクトラ」 クリソテミスのモノローグ “私は座っていることもできないし、飲んでいることもできない” ―楽劇「サロメ」 七つのヴェールの踊り* サロメのモノローグ “ああ! ヨカナーン、お前の唇に口づけをしたわ” *オーケストラ演奏 ※演奏順不同。 ※表記のプログラム、出演者はやむを得ない事情により変更になる場合があります。