消えぬ耳鳴り「頭の中にセミ」 偏見恐れ、伏せた苦しみ 新潟水俣病、18日判決
新潟水俣病と認定されず、特別措置法の救済対象からも外れた住民47人が国と原因企業に損害賠償を求めた集団訴訟の判決が18日、新潟地裁で言い渡される。 【写真】新潟水俣病訴訟の原告団長を務める皆川栄一さん 「頭の中でたくさんのセミが鳴いている感じ」。原告団長の皆川栄一さん(80)=新潟県阿賀町=は激しい耳鳴りに長年苦しめられてきたといい、「原告全員で喜び合えることを信じて判決の日を待ちたい」と話す。 皆川さんは1943年、阿賀野川流域の阿賀町で生まれ、子どもの頃は川で取れたウグイやフナなどをよく食べたという。近くに肉や海の魚を売る店は少なく、川魚が貴重なたんぱく源だった。 20歳の頃から耳鳴りや手足のしびれなどの症状が表れたが、職場までオートバイで砂利道を走っていたため、ハンドルから伝わる振動が原因だと思っていた。 その後、昭和電工(現レゾナック・ホールディングス)が阿賀野川に流していた工場排水にメチル水銀が含まれていたことが判明。68年に新潟水俣病として公害認定された。 患者の救済に向け、水俣病認定の申請受け付けが始まったが、外見からは病気と分からず、「偽患者」「金目当て」などと誹謗(ひぼう)中傷も相次いだ。皆川さんも自覚症状がありながら偏見を恐れ、水俣病だと口に出せなかったと振り返る。 耳鳴りは消えることなく、集中力が続かないため新聞は休憩を挟まないと読めない。靴を履いても、常に砂利道を歩いている感覚がするという。 子どもたちの独立を機に、2013年に原告団長として提訴した。原告の高齢化は進み、追加提訴を含む計149人の平均年齢は75歳。「提訴から10年以上がたち、裁判の結果を見ずに31人が亡くなった。一日も早い全面解決をしてもらうことで裁判を終わらせたい」と語気を強めた。