NHKスペシャル「原爆いのちの塔」、チーフPが語る思い
広島への原爆投下から79年が経つ本日8月6日の「NHKスペシャル」(NHK総合)は、「原爆いのちの塔」をテーマに放送する。 コンクリート建ての建物は倒壊を免れ、被爆直後から医療活動を続けた広島赤十字病院は、「いのちの塔」とも呼ばれた。今回NHKは、当時の病院長で、医療活動の指揮をとり続けた元陸軍軍医・竹内釼(けん)氏が残した手帳を入手。被爆直後の状況をリアルタイムで記した医師の記録は、これまでほとんど例がなく、当時の医療現場の内実を知ることができる貴重な資料だ。 番組では、自らも被爆し重傷を負いながら任務にあたった竹内氏の手帳や当時の医療記録をもとに、医療現場の最前線を追体験していく。被爆した人たちの刻々と変化していく症状、未知の原爆症に向き合う医師たちの苦悩、そして病院存続のために支援を求め奔走する姿。人類が初めて直面した核兵器の脅威に対峙(たいじ)した医療従事者たちの視点から、被爆の実相に迫っていく。
放送に向けて番組のチーフ・プロデューサー、NHK広島放送局の松木秀文さんに話を聞いた。 ――まずは、広島赤十字病院をテーマにした経緯を教えてください。 「今回、竹内氏の手帳が見つかりまして、それをきっかけにして調べてみると、国立病院機構柳井医療センターにあった医療日誌など、当時の貴重な記録がほかにもたくさん残っていることが分かりました。その二つを大きな軸にしながら、当時の原爆被害の最前線にあった病院でどういうことが起きていたのかを伝えていきたいという思いで制作した番組です」 ――竹内氏の手帳はどういったきっかけで見つかったのでしょうか? 「昨年の秋ぐらいに、お孫さんの竹内道さんから、広島県の医師会に寄贈されるという情報をNHKがいち早く入手して、見せていただきました」
――今まで見つからなかったことには何か理由があったのでしょうか。 「道さんに直接確認してみないと分からないですが、道さんはニューヨークに住んでらっしゃるので、おそらく、資料一式をご実家の方でずっと保管されていた状態で、とりわけ何かの理由があったわけではないと思います。絵がお好きな方だったようで、いろいろなものが出てきたのですがその中でも貴重だったのが手帳でした」 ――番組内では、当時看護学生だった方々からお話を聞いていましたが、資料に載っている方を探して証言していただくために、どのような取材されたのでしょうか。 「広島放送局は毎年8月6日のNHKスペシャルを制作しているという過去の積み重ねがあるので、そういうところから当たったり、新聞の記事を調べたり、さまざま手法でお話を聞きました。実は、今回お話を聞いた上野(照子)さんの娘さんとお孫さんが核兵器を廃絶するための市民運動に取り組んでいらっしゃって、ずっと取材させてもらっていて。家族の皆さんにお世話になっているんです」 ――今回は、実際に現場にいらっしゃった方々からお話を聞いて検証作業ができましたが、彼女たちも現在94、5歳で、今後は証言を得ることも難しくなっていきますよね。戦争を伝える、証言する人の難しさが増す中で今後どのように番組を制作していこうとお考えですか。 「被爆者の平均年齢は今年85歳になるので、直接お話をお伺いできる時間は限られていて。これから先の番組制作は本当に難しくなると思います。今回は、ドラマ的な手法を新たに取り入れたり、映像的な表現を開発したりと新しいことにも取り組んでいますが、これまでの取材の積み重ねとがとても大切になってくると思います」 ――近年はテレビで戦争を取り上げること自体が減っていますが、松木さんは「テレビが戦争を伝えること」の使命感に関してどう感じていらっしゃいますか。 「(戦争を伝えるということは)NHKの伝統的に先輩方がずっと培ってきたところです。そういう遺伝子のようなものをわれわれも受け継ぎながら、しっかりやるべきことが求められていると思っています。公共メディアとして1番大事なのは、『人の命と財産を守る』ことで、戦争について伝えることは大切なテーマなので、これからも変わらずにしっかりやっていかなければならないことだと思います。とりわけ、NHK広島放送局は被爆した放送局でもあるので、そうした宿命を背負って、毎年それぞれの覚悟を持って新しいテーマを探りながら、核の脅威が高まっている今の時代にどう届けていくか、時代に合わせたメッセージを発信できるように、日々精進しています」 ――先輩から受け継いできたものなのですね。松木さんから後輩への思いはありますか。 「私は今はプロデューサーの立場で、番組を作っているのは若いディレクターたちです。新しく広島局にやってきたディレクターは、まずは被爆者の話を聞きに行くところから始めるんです。広島放送局にやってくる人は、広島になじみがあった人がここに来るわけではなく、異動の中で広島に出会うということがほとんどなんですが、この地での取材経験は、ほかでは経験できない体験で。ディレクターとしても成長していくし、広島の地から出ていくときには、『ジャーナリストとして何をすべきなのか』ということのすごく大きな背骨になっていくと思います。押し付けるわけではないですが、若いディレクターの人にはこの広島の地で経験してもらいながら、そういう背骨をしっかりと作っていってもらいたいです」 ――再現ドラマでは、竹内氏を山中崇さんが演じていましたが、起用した理由を教えてください。 「セリフがないので表情だけでも伝わるような素晴らしい演技力を持った方ですので、お願いしました。あとは、今までもNHKスペシャルでナレーションも担当していたいているのですが、朗読が非常にお上手で。今回朗読のパートもかなりあるということから、最も適任なんじゃないかなということでお願いしました。全ての収録が終わった後に『非常に勉強になりました』ということを言っていただいて、撮影の時もその背景にある情報を含めていろんなことを質問していただいて、すごくこのテーマに関心を持って取り組んでいただきました」