実績を作りたいスタートアップが顧客にNoを言う難しさ。ディープテックの壁と苦悩
東京大学発にして、千葉県・柏の葉スマートシティを拠点に活躍するディープテックスタートアップ・株式会社Yanekaraの共同創業者 COOである吉岡大地氏に創業までの歩みの後で迎えた手痛い失敗、振り返ってのディープテックの歩み方について話してもらった。 【もっと写真を見る】
多額の資金調達やグローバルでの提携などで注目を集めるディープテックスタートアップ。道は険しくとも、研究開発などで生まれた技術からの事業化・社会実装によって、私たちの暮らしに大きなインパクトを与えるならば、その挑戦は人々に夢を与えるものである。 しかし、その理想と現実のギャップを埋めることが、難易度の高い分野でもある。商品化・実装以前の研究開発段階が長く、領域にもよるがハードウェアからソフトウェアまで総合的な運用が求められるうえに、新しい分野であるために既存のビジネスモデルが必ずしも適用できるわけでもない。 本稿では、東京大学発にして、千葉県・柏の葉スマートシティを拠点とするディープテックスタートアップである株式会社Yanekaraの共同創業者COOを務める吉岡大地氏に創業後に経験した手痛い失敗と、ディープテックスタートアップとしての歩み方について話してもらった。 電力需給バランスの安定化を目指すYanekara Yanekaraは当時22歳の松藤圭亮氏(現CEO)と吉岡氏により2020年6月に共同創業された、現在プレシリーズAラウンドにあるディープテックスタートアップだ。東京大学大学院工学系研究科に在籍していた松藤氏が関わっていた電動車両等を用いた送配電網の需給バランス調整の研究を背景に創業。メンバーの8割が東京大学の出身者および在学者である。 同社は、主に電力を中心としたエネルギー領域で事業を展開しており、EV(電気自動車)の充電および放電の遠隔制御に関わるハードウェアからIoT、クラウドソフトウェアまで一気通貫で開発を進めている。拠点となっている柏の葉スマートシティでは、充実した実証フィールドを活用して、スマート充電に関する実験を行うなど、全世界的な脱炭素化や自然エネルギーへの利用拡大が進むなか、今後の活躍が期待されている。 同社製品の「YaneCube」は、EV充電コンセントの自動充電制御を行い、消費電力量を計画的に調整できるEV充電コントローラーだ。充電タイミングの制御によって、日中などのピークタイム時における複数車一斉充電による電力需要増加が防げるため、事業者は電気代の高騰を心配せずにEV配備を実施できる。導入においても電気工事は不要で、既存のコンセントに後付けするだけの手軽さだ。 「YaneCube」以外にも、EVを充放電させることで蓄電池として利用し、家庭での太陽光発電の自家消費率を向上させる「YaneBox」の実証実験と開発を進めている。再生可能エネルギーの導入が進む中で、電力需要を調整するために巨大なエネルギーストレージが必要とされているが、同社はEVなどの分散したリソースをクラウドから群制御することでの仮想的なストレージ構築を目指している。 実績を作りたいスタートアップが顧客にNoを言う難しさ 創業から4年が経った現在、「YaneCube」が日本郵便に導入されるなど着実に実績を築きながらも、その道は簡単なものではなかったという。創業初期はEV充電器の開発から始まり、スタッフが10名に満たない状況で事業化を進めてきた。幸いにも大企業との取引にこぎつけたものの、いざ頼ってもらえるようになると、事業の主領域とは異なる電力の分析や計測のオーダーが増えた。 売上は立つが開発したEV充電器は購入してもらえないまま、気づけば顧客の要望に応えるために、本来は技術開発に専念すべきメンバーまでもが顧客対応も含めて現場への対応に注力する日々を過ごしていたという。 大企業との取引を始めて半年が経ったころ、顧客との商談中に「もしかして製品は購入されないのでは」と吉岡氏は思い当たった。思い起こせば、ニーズの食い違いでおかしいと思う点はあったが、調達も含めた経営戦略上の実績づくりをしたい一心で顧客の要望に「No」と言えなかったという。このままではまずいとチームが感じた瞬間だった。 「お客さんとの接点や売上は当然欲しいものですが、ディープテックスタートアップとしてやる以上、リソース配分が死活問題となる中で、まずはプロダクトの開発に専念すべきだったと思います。結果的にその時の経験がYaneCubeの開発などにもつながっているので、まったくの無駄だったとは思いませんが、断る勇気が持てずに時間だけを過ごしてしまった期間を反省しました」(吉岡氏) 頭を悩ませた「実証実験と新規開発とのバランス見極め」 ここまでYanekaraは、多くの実証実験も経験してきている。その中で頭を悩ませたのが、新規開発とのバランスだ。 スタートアップの事業開発で用いられるようになってきた実証実験は、大企業や国、自治体でも年々盛んになってきている。実証実験で大企業や行政との取り組みを実現し、ニュースの発信を積極的にやっているスタートアップと聞くと、いわゆる”調子が良さそうな企業”に外からは見える。 Yanekaraも投資家などのステークホルダーと相談しながら、実証実験のプロジェクトを推進し、受注を生み出し、顧客の声を拾うことを2~3年続けた。その結果、直面したのはプロジェクトと開発の時差ずれによるリソース分散だ。 実証実験は、ひとつのプロジェクトにつき半年から1年間で実施することが多い。その間、スタートアップであれば新たな開発やアップデートを進めているため、半年もあれば新しいバージョンができあがりはじめてしまっている。 しかし、大企業や自治体からの受注では、要件や仕様の途中変更は容易ではなく、新バージョンを導入するにしても不具合が出るリスクも否めない。 結果として、古いバージョンで実証実験をするしかない状況になり、新バージョンの開発と平行して、安定稼働させるためのフィールドエンジニアリングの工数がかかる状況が発生してしまうことになる。 顧客の獲得や認知度の向上、フィードバックなど実証実験によるメリットは多いものの、実施タイミングの難しさや実証実験自体を進めていくコストは無視できない。 これらのエピソードに対して吉岡氏は「本来のゴールを貫き、何が必要なのかを見極めることが重要だった」と話す。現在、Yanekara社内では開発資金を得るために顧客獲得に走ることを防ぐため、顧客獲得の資金は開発資金に充てず、補助金やVCなどによる資金調達のみで実施するルールを定めた。また、開発段階の技術は販売しないことも決めたという。 このような難関を経験してきた中で、苦しい状況でさえもその現場に行くことでのやりがいや、チームでなんとかするという雰囲気がYanekaraの会社を支えてきたと吉岡氏は語る。 開発と市場リスクのバランスの難しさ 大企業との提携や実証実験はポジティブに考えられがちだが、「とりあえずやる」だけでは、かかるコストや失う機会が多いことも今回のストーリーから学べるトピックなのではないか。 どの領域であろうと営利企業である限り、市場に価値を提供し、報酬を得る営みが必要だ。その中で研究開発に多大な時間とコストが必要なディープテックは、開発への投資と市場に受け入れてもらうプロセスにおけるバランスの難易度が高い。 ここまで広い言葉でディープテックと話してきたが、厳密には領域によって特色が異なる点も吉岡氏は示唆する。たとえば、製薬などの領域では、市場のニーズが明確な場合、開発に時間がかかるものの、腰を据えた開発に重点を置きやすい。一方で、ロボットやIoTなどディープテックの中でも比較的開発にスピードを出しやすい領域でも、市場に受け入れられるかはわからない場合もある。 ディープテックスタートアップには、技術開発の難易度やスピード感と市場に受け入れられるかを並行して考え、会社としての成長フェーズに合わせて戦略を立てていくことこそが、必要とされている。 筆者もいちスタートアップを経営する身として、市場へのフィットややるべきことの取捨選択の意思決定への難しさに共感しつつ、規模やタイムラインの長さというディープテックならではの課題や、研究開発分野であるが故のステークホルダーとのコミュニケーションの難易度の高さを実感した。 そんな中で市場に製品が受け入れられることで大きく時代を動かせる醍醐味とそれに伴う大きな苦しさを抱えているのが、ディープテック領域の奥深さなのかもしれない。 編集部の目線 この記事は、柏の葉スマートシティでの起業家や投資家などのコミュニティ内で実施されたクローズドでの勉強会での話がきっかけです。近年はnoteなどでその取り組みを公開するケースも増えてきましたが、エコシステムにとって必要な学びとしての失敗共有は、もっと多様にあるべきでしょう。 テーマとなる「大企業との付き合い方」は、規模が小さい時期のスタートアップこそ、その見極めが重要です。似たケースでは、契約や知財を武器に大企業としたたか渡り合っている企業や、窓口担当者の人材を徹底的に見極め事業を拡大させる企業など、さまざまな取り組みも目にしています。やり方次第では成長のドライバーとなる大企業のアセット、上手な活用を期待します。 (北島幹雄 ASCII STARTUP編集長) 著者プロフィール 鈴木 碩子 株式会社NEWSTA 代表取締役CEO Webマーケティング・広報PR支援事業を手がける株式会社ismを2017年に設立し、2020年に株式会社PR TIMESへ売却。2022年、疾患・障がい児家族×IT領域でサービスを提供するブランド「ファミケア(famicare)」を提供する株式会社NEWSTAを新たに設立した連続起業家。プライベートでは指定難病である福山型筋ジストロフィーの息子と4歳年下の娘の母。 文● 鈴木碩子 編集●北島幹雄/ASCII STARTUP編集部