「左腕王国」広島新庄 ジンクス破った右のエース 選抜高校野球
第93回選抜高校野球大会第8日(27日)の2回戦、近畿・中国の地区王者対決となった智弁学園(奈良)戦で広島新庄は右腕エース花田侑樹投手(3年)が先発マウンドに上がった。「右腕でも甲子園で通用すると証明してやる」。そんな意気込みで臨んだ試合。一、二回と無安打に抑え込み、順調な滑り出しを見せた。 【智弁学園と広島新庄 写真で振り返る8強かけた対戦】 「右腕では甲子園に行けない」。広島新庄にはこんなジンクスがあった。甲子園初出場の2014年センバツ以来春夏4回(中止となった20年春を含む)の出場でいずれもエースは左腕。20年春に退任した前監督の迫田守昭さん(75)の下で11年間コーチを務めた宇多村聡監督(34)は「歴代良い右腕がいた時に、あと一歩のところで甲子園と縁がなかったのは事実」と話す。 左腕の育成に定評がある迫田さんの存在も大きい。広島新庄は迫田時代、プロ野球や社会人野球に多くの左腕を輩出し「左腕王国」とも評された。 14年の主戦、山岡就也投手は社会人のJX-ENEOS(現ENEOS)で活躍。夏の甲子園に連続出場した15、16年の堀瑞輝投手は日本ハムにドラフト1位指名でプロ入り。13年に巨人からドラフト3位指名を受けた田口麗斗投手(現ヤクルト)も迫田さんの教え子。今大会で花田投手と左右の二枚看板を担う元U15(15歳以下)日本代表の秋山恭平投手(3年)も、その教えを請うため福岡県久留米市から入学を決めたほどだ。 そんなチームを右腕エースとして初めて甲子園に導いた花田投手。「自分が投げて試合が決まる、ゲームが作れる」。野球を始めた小学校時代から投手希望だった。広島新庄がある広島県北広島町出身。小学1年で地元軟式チームに入り、中学で進んだ硬式クラブで投手メインになった。しかし、広島新庄では打力を買われ、1年時から一塁手で先発したが「投手で出たい気持ちがあった」という。 昨夏のセンバツ交流試合の天理(奈良)戦は手首のけがで、ベンチから見守った。当時のエース秋田駿樹(現専修大)と今大会もリリーフで活躍した秋山両投手の継投策で勝利し、「左のダブルエース」ともてはやされると、悔しさも相まって、花田投手の競争心はかき立てられた。 転機は昨夏の交流試合後。秋山投手が調子を崩し、2人目以降の投手を育てたい宇多村監督の考えと合致した。昨秋の県大会以降全9試合に先発し、エースの地位を確立。チームを初の中国地区大会優勝に導いた。冬場に本格的に始めた走り込みや体幹トレーニングで下半身の安定感が増し、3月14日の練習試合では1年時より10キロ速い最高球速145キロを記録した。 ジンクスを破って甲子園に来た。さらなる高みを目指したセンバツの舞台。1回戦の上田西(長野)戦は先発登板し7回3分の1を被安打6の無失点に抑え、延長十二回にサヨナラ適時打も放つ大活躍。そして迎えた2回戦は三回、二塁打や3連打を浴び3失点でノックアウトされた。 試合には2―5で敗れたものの「本来の力が出せれば全国でも通用すると1回戦で感じた。だが、まだまだ体が小さい。夏に向けて体づくりから始めたい」と冷静に受け止める。昨夏の新チーム発足後の連勝記録は46で止まったが「ここからまた新しく始まる。夏に向けて無敗で駆け上がりたい」と言い切った。【中島昭浩、隈元悠太】 ◇全31試合を動画中継 公式サイト「センバツLIVE!」では、大会期間中、全31試合を中継します(https://mainichi.jp/koshien/senbatsu/2021)。また、「スポーツナビ」(https://baseball.yahoo.co.jp/senbatsu/)でも展開します。