「桐島聡」名乗る男が死亡…捜査に影響は? 50年近く“逃亡生活”…どうやって? 【#みんなのギモン】
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29日のギモンは「『桐島聡』名乗り死亡…今後は?」です。 「桐島聡」を名乗る男が29日朝に死亡が確認されました。50年近くたっての急展開。男がもし本当に桐島容疑者だとしたら、どのように逃亡生活を送っていたのでしょうか。そして今後の捜査への影響は…。 「桐島聡」容疑者名乗る男が死亡 数十年前から神奈川県内に潜伏か 知人語る「ギター弾いたり…」堂々と生活?
まずは簡単におさらいします。 桐島聡容疑者が何をした人物か詳しく知らなくとも、指名手配のポスターが交番に貼られているのをみかけたことがあるという人も多いかと思います。 特徴として身長160センチ、強度の近視などと書かれています。桐島容疑者は爆発物取締罰則違反の疑いで1975年に指名手配されました。その後、行方がわかっていませんでしたが、50年近くたって急展開となりました。 捜査関係者によると今月25日、神奈川県の病院に入院している末期がんの男が桐島聡容疑者を名乗り、警視庁公安部による本人確認が進められることになりました。ところが4日後の29日午前7時半ごろに死亡が確認されたということです。 死亡したことで本人から話を聞く機会が奪われてしまいました。 ◇“逃亡生活” どうやって? ◇今後の捜査はどうなる?
■数十年前から神奈川県の工務店に住み込みで働く
まず1つめの逃亡生活についてですが、指名手配された1975年当時、桐島容疑者は21歳で、2024年1月29日現在は70歳。かなり長い間逃亡生活を続けたことになります。 桐島容疑者と名乗る男がどのような生活を送っていたのか、わかっている情報をまとめます。まず男は「内田洋(ウチダヒロシ)」という名前で、数十年前から神奈川県藤沢市の工務店で住み込みで働いていました。 男は1年ほど前に末期の胃がんと診断され、今月中旬に入院したということです。この入院の際も内田洋と名乗っていて、健康保険証は提示しなかったということです。 その暮らしぶりや容姿について、知っている人物がいました。2週間ほど前、男が働いている工務店の近所に住む人が、体調が悪くなっている男を介抱したそうで、その時の様子を話していました。 「桐島聡」を名乗る男を介抱した人 「こんな人が仕事できるのかなと」 ――体格は 「桐島聡」を名乗る男を介抱した人 「ガリガリ」 ――部屋の様子は 「桐島聡」を名乗る男を介抱した人 「言っちゃ悪いけど乱雑な感じで、どこに寝泊まりしているのかなと」 介抱した人がいうには、指名手配当時の桐島容疑者の写真と比べるとかなりやせていて、とにかく弱々しい感じだったということです。 もし本人ならば、なぜ今になって名乗ったのかが疑問ですが、男は病院で「死ぬ時くらいは本名で死にたかった」などと話したということです。